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見えている事実と見えない真実

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 何か表に出てきている事実以外に、他に何か、事実が隠されているように思えてならない。それが別の犯罪のような気がして仕方がない。もっとも、それは今までに読んだ探偵小説の影響が大きいのかも知れないが、時々、他の人なら笑われるような発想を口にして、そのことが実際に的中することが多かった辰巳刑事にとって、この時に感じた。
「ステルス犯罪」
 なるものが、実際には違う意味で表現されることが隠されていたのだが、まんざらそんなに遠いものでもない。
 このことを恥ずかしさからか、思いついてはいたが、清水刑事にも門倉刑事にも話さなかった。それは、思いついた時が発想の絶頂であり、他に考えを巡らせていると、その発想が次第に色褪せてきたからだった。
 今回の発想を、減算法にしてしまわなければ、ひょっとすると、辰巳刑事の発想が事件解決を急転直下させていたかも知れない。辰巳刑事は事件が解決してから、思わず
「ちくしょう」
 と叫ぶことになるのだが。どうして辰巳刑事がそう思ったのか、誰にも分からなかった。そういう意味では、
「探偵小説というのもバカにはできない」
 と言えるのではないだろうか。
 清水刑事も門倉刑事も探偵小説をあまり読んでいない。熱心に読んだ時期があるのは辰巳刑事だった。その時の感情が、今の彼の骨子である「勧善懲悪」という感情を作り出しているに違いない。

                錯誤

 この事件にもう一つの大きな特徴があるとすれば、それは、
「錯誤」
 というものである。
 錯覚と言ってもいいのだろうが、何か基準があってそのことに対して間違った感覚を持つのが、錯誤ではないかと思う。何も対象がなくて、漠然と頭が混乱している場合は錯覚というのだからと、清水刑事は考えていた。
 辰巳刑事が映像を見ながら、あの日の事実を一つでもあぶり出そうと考えていた時、清水刑事は、
「事実よりも真実を探ろう」
 と思っていた。
 何が一体事実で、何が真実なのか、捜査をしていると混乱してくることがある。辰巳刑事よりも、最初に理論的な発想から入る清水刑事らしいのではないだろうか。
 辰巳刑事が映像を元に事実を探しているのであれば、清水刑事は、聞き込みによる人間関係から、真実に行き着こうと考えていた。刑事としては一番オーソドックスな方法であるが、事実よりも真実を直接追い求めようとする考えのもとに行うのが、聞き込みだとずっと思ってきた。
 この考えは、刑事としてはずっと受け継がれてきたものであり、頭で考えるというよりも、経験で習得したものでもある。実際に証言などから真実を浮き彫りにして、真相に辿り着くことが事件解決への一番の近道だと思っている。
 清水刑事は、まず第一発見者の管理人を訪ねた。一度事情を聴いただけだったが、あの時はあくまでも自殺した人を発見したということでの聴取だったので、込み入ったことも聞かなかったが、今度は少し事情が違っている。ある程度、現場の保存期間も過ぎていたので、もう少しで解放されると思っていた管理人だったが、まさか、彼女が被害者であり、ここからまた最初に戻って捜査が行われるということを聞いた時、彼の性格からすれば、相当ガッカリしたのではないかと清水刑事は感じていた。
 管理人は、別にこれと言って、変わった人というわけでもなく、
「どこにでもいるタイプの人間」
 と言ってもいいだろう。
 清水刑事は、管理人にわざとアポを取らずに突撃を敢行した。
「すみません。お忙しい中で誠に申し訳ありませんが、事情聴取にご協力ください」
 と言って、清水刑事が訊ねてきた時、管理人は少なからず緊張していた。
 分かっていただけに覚悟はしていたのだろうが、再度気持ちを盛り上げないといけないというタイプの人間である。あくまでも緊張が先に来て、その後に覚悟が伴う。よくありがちではあるが、それもこの男らしいと清水は感じた。
「あの事件、実は殺人事件だったんですって?」
 と、まず管理人の方から聞いてきた。
「ええ、その可能性が事情に高くなったということです。我々は単純な自殺とは違うと見ています」
「そうですよね、遺書もなかったし、私が知っている限りの水島さんは、自殺をするようには見えなかったんですよ。実は自殺だと警察の方も言われていたし、私も死んだ人に追い打ちをかけるようなことは言いたくなかったので、あの時触れなかったんですが、彼女の部屋によく男性が訪れていたのは知っています。しかも、複数だったと思います。もし、あれが殺人だったとすれば、その中の誰かが殺したんでしょうか?」
 と管理人は、この事件に興味津々のようだ、
 それもそうであろう。自分が第一発見者であり、最初は自殺だと思われていたが、実際には殺人だったとなると、興味が湧いてくるのも当たり前というものだ。
「そのあたりを判断するのは我々警察の仕事なんですよ。ただ、その判断のために、少しでもたくさん、情報を集めて、その中から信憑性のありそうなものを篩いにかけて、真実をあぶり出すという作業を行って、真相にできる限り近づく。これが私たちの仕事なんです」
 と清水刑事は言った。
「なるほど、私も実際に、彼女と一緒にエレベータで三階に降りる男性を何人か見ているので、その様子が、恋人同士のような感じだったことを思うと、何股か掛けていたということになるんでしょうね。それも、実に楽しそうにエレベーターに乗っていくんです。悪びれた様子はありませんでしたよ」
 と、管理人は言った。
「まあ、不倫や浮気をする人の中には、まったく悪びれた仕草をしない人もいますからね。それが、彼女の性格だったと言えばそれまでなんでしょうね」
 と、清水刑事が言ったが、今までの清水刑事であれば、ここまで自分の考えを他人に話すことはない。
――この男は、少しでも自分と考えが似ていると思うと、急に饒舌になるタイプではないだろうか?
 という直感があったので、その思いに則って、清水刑事は、自分の考えを惜しげもなく管理人に話すのだった。
 実は清水刑事も自分の意見を人に話すことで、その信憑性を自問自答していたのだ。管理人が何を感じているのかまでは分からなかったが、話をしている限りでは、
――何かを隠しているような気もするんだよな――
 と感じていた。
 こういう男は、強く言っては逆効果だ。結構考え込むタイプなので、考えすぎるくらいのところがある。そんな人間に強くいうというのは、追い詰めることになってしまい、まるで引きこもりのように、一度入り込んでしまうと、強固なバリケードを張り巡らし、決して相手に侵入を許そうとはしない。
 清水刑事はそのことが分かっているので、どちらかというと、相手の話に少しずつ自分も興味を示しているかのように誘導し、ただ、そんな中でも主導権は決して相手に渡さないようにという意識を持つことが大切だった。
 つまり、ところどころで自分が刑事であるということを匂わせながら、相手が次第にまるで友達と話しているような感覚になるのを、やんわりと制御しているかのような感じである。