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見えている事実と見えない真実

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 つまりは、最終計画というのが、共犯者の処分であった。
 なるべく、この事件とはまったく関係ないところで、この男が死体となって発見される。自殺を装うのでもいい。何しろ、脅迫されるだけの弱みを持っているのだ。主犯との共謀を疑われる証拠さえ残さなければ、共犯が自殺したことを怪しむことはないだろう。
 まるでこの事件のような、
「自殺に見せかけた殺人」
 ではないだろうか。
 辰巳刑事はそんなことを考えていたが、ここでもこの考えはあくまでも想像上のこととして、考えてきた流れで生じた発想というだけでスルーしてしまった。もう少し深く考えていればと思うのだが、さすがにそれを期待するのは無理というものだ。
 辰巳刑事は、まだいろいろ考えていたが、その中に実際、事件の真相に近づくような発想もあっただろうが、さすがに先ほどの発想のような重要な話があったわけではない。
 辰巳刑事にとって、今回の事件はある意味特別な感情があった。
 今度の事件は、自分が刑事になって最初に捜査した事件と似ているところが多かったからだ。
 あの時も、被害者は最初、自殺をしたと思われていたが、これも先輩刑事の機転で、実は殺人であったということが分かった。その刑事と一緒に捜査に加わっていた辰巳刑事は、その事件において、先輩刑事がいろいろと新たな発見をすることで、急転直下の勢いで犯罪が暴露されていくことにショックを覚えた。
――こんなにすごい刑事がいるなんて――
 と思い、その人と一緒に捜査に当たれることに対して、嬉しくて仕方がなかった。
 感動に値するもので、
――このような、鮮やかな捜査ができるなんて、やはり刑事は持って生まれた素質と、経験がものを言うんだな――
 と感じた。
 ただ。その人は、
「俺には、持って生まれた刑事としての素質なんかないと思っているんだ。ただ経験が今の俺を支えているのさ」
 と言っていた。
 そして、事件の様相があらかた分かってきた頃になって先輩刑事が辰巳刑事に話したことがあった。
「辰巳君はたぶん、私がどんどん新たな発想を元に、事件を一気に解決したことで、ビックリしているんじゃないかない?」
 と言われたので、
「ええ、すごいですよ。まるで名探偵が出てきて、次から次へ謎を解き明かしていくという鮮やかさに感動しています」
 というと、その先輩刑事は苦笑いを浮かべ、
「それは、そう見えるだけだよ」
「どういうことですか?」
「実際には、君が思っているように、事件が最短距離で解決したわけではないんだ。僕が考えていた事件の解決イメージと、実際に今経穴に向かっている事実とでは、かなりの開きがある。君はきっと、私が的確な判断の下に、次から次に真実を明らかにしていったのだと思っているだろう? でも実際には、事実を見つける前に、その数倍の事実を見逃しているんだよ。たくさん見つけてきた中にどれだけの事実があるか。それをしっかりの見極めるのが刑事の仕事なんだろうが、そうすべて真実を見極められるなどということは、神様でもないんだからできるはずもない。そう思うといくら刑事とはいえ、事実を真実に変えるだけの力がそんなにあるわけではないんだよ」
 というのだ。
 その話を聞いた時、辰巳刑事は目からウロコが落ちた気がした。
 先輩の話は、自分自身に言い聞かせているということでもあるのだろうが、後輩である自分にも捜査をしていて、行き詰った時に、少しでも思い出してほしい言葉として言ってくれたのだろう。
 もちろん、刑事というものは、人から言われて、その通りにするものでもなければ、できるものでもない。そのことは、捜査をするうちに分かってくる。しかし、自分の経験が豊富になってくるうちに、忘れてしまう感覚もあるというものだ。その感覚を思い出すための起爆剤が、この時の先輩の一言になるのだろう。
 つまり、基礎的なことを、基礎として解釈できなくなると、目指す者を見失ってしまうという観点から、
「原点に戻ることの大切さ」
 というものを思い出すことができるかというのが大きな問題になってくる。
 それが、この時の先輩の言葉となるのだろう。
 辰巳刑事はその時の刑事の言葉を今でも胸に抱いていた。その刑事はしばらくしてから県警本部に呼ばれて、今では警部補として活躍しているという話だった。
「きっと、今でも初心を忘れることなく、捜査に勤しんでいて、後輩に対して、俺にしてくれたような話をしているんだろうな」
 と、いう思いを馳せていた。
「刑事というのは、一筋縄でいくものではない。確かに経験は必要だけど、経験だけに頼ってしまうと、見失いがちになるものがある。それが一種の自信過剰ということになるのだろうが、経験はある意味自信に繋がるものではあるが、一歩間違えると過信にも繋がりかねない。それを忘れてはいけない」
 というセリフは、清水刑事からの指摘であったが、清水刑事を見ていると、辰巳刑事は県警本部に呼ばれた先輩のことを思い出していた。
「君は、猪突猛進なところがあるが、しっかりと自分の状況を把握することもできると思っているんだ。だから、私は君に期待しているんだよ」
 というのも、いつぞやの清水刑事のセリフだった。
 辰巳刑事はこの署の刑事課に配属になって、コンビはほとんど清水刑事が相手だった。そろそろ配属になって三年が経とうとしているが、さすがにもう新人ではないが、中堅というところまでは言っていない。いわゆる一般企業でいえば、最前線での仕事をバリバリしているという年齢であろうか。まだ、上司が抱えているような悩みを考える必要のないレベルであった。
 もちろん、清水刑事はそんな立場にいる彼だからこそ、彼の持っている本来の力が発揮できると思っていた。
 彼の一番の特徴は。
「勧善懲悪」
 という考え方だった。
 しかし、一番いいところは、勧善懲悪でありながら、決して前のめりにならず、何が真実なのかをしっかり見極めるというところであった。
「事実の積み重ねが真実なのだが、真実がすべて事実だとは限らない」
 という言葉も把握していて、それを自覚できることで、彼が刑事としてここまでやってこれた、そしてこれからの活躍も約束されているかのように感じさせるのだ。
 清水刑事もそのあたりの考えを辰巳刑事の年齢の頃にはしっかりと思っていた。そんな清水刑事を買っていたのが、門倉刑事だったのだ。
 ただ、清水刑事には、辰巳刑事のような、
「勧善懲悪」
 の考え方が欠如していた。
 むしろ、
「勧善懲悪を表に出してしまうと、冷静な判断で捜査ができなくなってしまう」
 という考えを持っていた。
 この考えの方が、本当は正しいのかも知れない。だが、清水刑事はその二つを兼ね備えている辰巳刑事が羨ましくて仕方がなくなっていたのだった。
 辰巳刑事は、今自分の中で何かモヤモヤしたものを感じていた。それが何なのかすぐには分からなかったが。その正体が見えないところから、
「ステルス事件」
 と命名した。