見えている事実と見えない真実
清水刑事は明らかに、この事件に何かの違和感、いやそれ以上に矛盾のようなものを感じているようだ。それが何か分からないことで苛立ちを隠せないのも、今まで長い付き合いの二人には分かっているようだ。
「この事件は、最初から何かいろいろと違和感を感じさせる部分が多かったですよね。それは死体を発見した時からのことですが。それを思うと、今回のこの映像が却って当たり前のことのように思えてくるんです。きっと証言が最初にあって、誘導という形でその映像を発見したからなんだと思います。ただ、自分たち刑事があまり探偵小説の読みすぎのような深読みをしすぎてしまうというのも怖い気がします。本当の事実を真実と結び付けられなくなるというのも恐ろしいことのように感じられます」
と、辰巳刑事が分析するように語った。
「刑事は昔から、足で捜査をするものだというのがあって、それが伝統のように言い伝えられてきた。間違いではないが、かと言って科学捜査だけに頼ってしまうのも恐ろしい。要するに、目の前に出てきた、あるいは足を使って調べてきた事実を、いかに真実という形にできるかが問題なんだよな。真実というものが最初からあって、そこに近づくものなのか、真実というのは本当は事実の積み重ねでしかないものだということであるとすれば、真実への解釈だけで、全然捜査のやり方も変わってくる。私は、この二つの真実を、別々に存在するものだと思うんだ。だから、別々の真実も、実は大きな一つの真実だとも言えるのではないかと思う。一つの事件の中に二つの真実が入っていることもありではないだろうか」
と、門倉刑事はしみじみと話をした。
この、
「二つの真実」
という考え方が、実はこの事件の中で大きな意味を持っていることにnあるのだが、そのあたりは、もう少し後の方での後述になるのであった。
三人が捜査方針について映像を見ながら話をしていると、次第に、
「事実と真実」
についての話になってきたのだが、ちょうどその頃、この事件に関係があることなのかどうか、まだまったく知られていない事件が発生しようとしていた。
それはこの署での交通課のことであったが、二人の婦警が、交通取り締まりでミニパトに乗って、巡回していることのことだった。いつもの時間にいつものように巡回をしていたが、それは、本当にいつもの行動ということだった。
一台のトラックが駐車場所でないところに駐車しているのを見た。運転手は不在で、あたりを見渡してみたが、運転手らしい人はどこにも見当たらない。
トラックの大きさは、二トン半くらいなので、さほど大きいわけではないが、軽トラほど小さいわけではないので、十分に駐車違反に該当するレベルだった。
近くには有料路上駐車スペースがあるにも関わらず、運転手が帰ってこないどころか、運転席の窓も開いていて、車のキーも差しっぱなしである。
「何て不用心なのかしら?」
と一人の婦警がいうと、
「そうよね、どうしましょうかしら? このままレッカー呼んじゃう?」
ともう一人が言ったが、本来であればそれでも十分なのだが、
「とりあえず一度だけ待ってみましょうか。十分が限度だけどね」
と言って、カギを外して、
「不用心なので、カギは預かっています。十分で戻ってきますので、誰もいなければ、このまま違法駐車としてレッカーで警察に移動させます」
と書いて、自分の名前を署名しておいた。
「これでいいでしょう」
と言って、二人は通常業務として、このあたりをちょうど十分で回ってこれるところを回った後で、十分を少し超過したくらいの時間で、元の場所に戻ってきた。
「まだ、あるわよ」
と言ったが、カギを取っているのだから当たり前のことだが、ミニパトを降りてから運転席にまわると、そこにはやはり誰もいなかった。
「じゃあ、ここからはレッカー要請ね」
と言って、二人は通常の違法駐車手続きに入った。
トラックをレッカー車に預けて、そのまま通常業務に戻ったが、こんなことは日常茶飯事なので、一時間も業務をしていれば、こんなトラックがあったなどということを忘れている程度であった。
警察に運ばれたトラックは、会社名も載っていないし、どこが所有しているのか調べようと、助手席の前のコンソールボックスを見ると、車検証などの書類がどこにもなかった。一式を入れたカバーごと持っていたようである。
「どうしてこんなことをするんだろう? まるで車を路上に捨てたみたいじゃないか」
と言って、交通課の主任は訝しがった。
荷台を調べてみると、中にあるのは、少々大きめのカバーであった。何かの袋のようにチャックがついていて。指紋でも採取できるかと思い鑑識に回したのだが、鑑識から今度は刑事課の方にその話が伝えられた。
「どうしたんですか?」
と、清水刑事が、鑑識の人がやってきたのを見て聴いた。
「例の自殺者の事件で、何か新たに分かったことでもあったんでしょうか?」
と聞くと、
「いいえ、そうじゃないですよ。実は今日、交通課の方で不審なトラックをレッカー移動させてきたようなんですが、身元が分からないので、荷台に置いてあったシートというかカバーのようなものを調査してほしいと、たぶん、指紋でも取れるかということできたようなんですが、私たちが調べていると、そこにはかなりまとまった髪の毛が落ちていたんですよ」
というではないか。
「ほう、それはおかしいですね。その髪の毛は男性のものなんでしょうか?」
と聞くと、
「長さから見れば女性のもののようですね。でも、シートの中から女性の髪の毛がまとまって落ちているというのは実におかしなことですよね。そのシートというのは、チャックがついていて。まるで寝袋のような形なんですよ。長細くなったようなですね」
と鑑識がいうと、
「じゃあ、その中に閉じ込められていた女性がいたということで、我々に捜査をということで来たのでしょうか?」
「ええ、その通りです」
清水刑事は、何とも言えない気持ち悪さを感じた。
どうも、例の自殺した女性のマンションで、男三人が重たそうに運んでいたのも、寝袋のようなシートではなかったか。もし、あの中に水島かおりが閉じ込められていたとすれば、このシートは、あの画像の裏付けということになる。
清水刑事は門倉刑事に報告し、すぐに髪の毛と自殺した水島かおりの髪の毛の照合をしてもらうように依頼した。
幸いまだ葬儀は行われておらず、警察の死体安置室に置かれていたので、すぐに調査はできるだろう。
門倉刑事は、昨日見たえいぞうw緒鑑識の人に見てもらった。
「シートは、この映像のものと非常に近いですね。見た感じでは同じものだと思ってもいいかも知れません。それではさっそくシートの中にあった髪の毛と、水島かおりの髪の毛を照合することいたします」
鑑識は見た限りでは同じものだと言っていた。
そうなるとどういうことになるというのだろう? 深沢の証言が正しいということになるのだろうか。
作品名:見えている事実と見えない真実 作家名:森本晃次