見えている事実と見えない真実
「逆にこっちから情報を引き出してやろう」
というくらいに思っている人もいるのではないだろうか。
そう思うと、お互いに利害は一致する。腹の探り合いのようになるかも知れないが、それも分かってのことだった。
最初に反応があったのは、K商事に勤める大久保泰三という男で、ママがいうには、
「お店のお客さんの中で一番仲がよかったのは、この人だったんじゃないでしょうか?」
ということだった。
ママも本当はここまで警察は細かく捜査するなどとは思ってもいなかったので、少し意外に感じていた。
辰巳刑事が訊ねた時、ちょうど仕事が一段落したのか、少し顔が上気してはいたが、ホッとした雰囲気にも見えた。ただ、さすがに辰巳刑事の顔を見た時から、緊張が戻ってきたような気がする。その様子を見て、
――この男、結構分かりやすい男のようだな――
と思った。
だからこそ、話を聞くとどんな話が聴けるかというのが楽しみだった。
しかもママの話では、一番仲が良かったというではないか。ひょっとすると付き合っていたというのは、この男なのかも知れない。
だが、実際に会ってみると、この男、外見だけを見ていると、とても、女性にモテる顔には見えない。母性本能を擽るタイプではないかと思える雰囲気なのは、まるで愛玩動物のようなイメージがあったからだ。人間の男性としては、だらけているというイメージが強く、誰かしっかりした人がそばにいて面倒を見てあげないと、やりっぱなしになってしまいそうに感じられた。
もちろん、話をしてみると少しは違うのかも知れないが、どうしても、男性として女性から慕われる雰囲気には見えない。
もしこの席に深沢と面識のある門倉刑事と清水刑事がいたとすれば、そのイメージは変わってくるに違いない。
深沢という、水島かおりが絶対的に慕っている男性がそばにいるからこそ、この男が選ばれたということであろう。逆に深沢がいなかったら、この男も水島かおりの眼中にはなかったかも知れない。そういう意味では、深沢がかおりに彼氏ができたとしても、そう大した心配をしていないという考えは分かるような気がした。
辰巳刑事はそんな深沢の存在を知らない。知らないで目の前に鎮座している男性を見ると何とも言えない気分になった。
「お忙しい中、お時間を設けていただいて、ありがとうございます。私は辰巳というものです」
と言って警察手帳を提示した。
それを見て、興味深そうに大久保は、警察手帳を見ていた。この男は、警察官というよりも警察手帳に興味を持ったようだ。その様子を見て、
――こいつ、ヲタクなじゃないか?
と感じた。
辰巳刑事は、ヲタクというものを知らない。知ろうとは思わないのだが、別に偏見を持っているわけではなかった。しかし、目の前に鎮座している大久保ということ男が第一印象の通りのヲタクであったとすれば、偏見こそないが、少なくとも友達にはなればい相手ではないかと思うのだった。
「私は、大久保泰三と言います。今日はどういう用件でしょうか?」
といきなり、本題を聞いてきた。
ということは、この男は小心者ではないかとも思えた。ますます辰巳刑事の中でイメージしているヲタクと酷似してくるのだった。
ただ、思い込みというものはある。そのイメージで考えていると、ヲタクに対して小心者という連想がリンクしていたのだということになり、ヲタクという思い込みが小心者という発想を呼び起こしたとも言えなくもない。そうなると、その意識がいかに実感と結びついてくるかで、真実と見失わないようにしないといけないと思った。
辰巳刑事は、
「犯罪捜査というのは、事実を掘り起こすのが目的ではなく、真実を浮き彫りにすることが目的なんだ」
と思っていた。
事実というのは、真実を理解するための一つのアイテムのようなものであり、逆に事実にはないが、真実として生きているものがあると考えられるものも少なくないということが分かっていた。
それを教えてくれたのが、清水刑事であった。
新人刑事として刑事課に配属された頃の辰巳刑事は、
「事実というものがすべて真実に含まれる。逆に真実もすべてが事実に含まれるものだ。したがって、事実と真実は同じものなのだ」
と思っていた。
しかし、実際の犯罪捜査ではその発想がすべてではなかった。事実を積み重ねることで真実に近づくということを知ると、事実にない真実もあるということを新たに発見した。そのことが今の辰巳刑事を形成していると言ってもいい。その道は誰もが通るもので、清水刑事もそれを教えてくれたのが、門倉刑事だったのだ。言葉で教えたわけではなく、あくまでも言葉はヒントである。本人がいかに解釈するかが一番なのだった。
「この間、水島かおりさんがお亡くなりになったのはご存じでしょうか?」
「ええ、スナック『コパン』のママさんから聞きました」
スナック『コパン』というのは、水島かおりが勤めているスナックのことである。
「そこでいくつかお伺いしたいんですが?」
と辰巳刑事がいうと、
「構いませんが、私はそんなに水島かおりさんのことはよく知りませんよ」
と言った。
この言葉が真実なのか、犯人として疑われたくないという思いからの言葉なのか、第一印象からは、とても、ウソをつけるような肝が据わった人間には見えなかった。
「大久保さんは、あのお店は常連なんでしょう? いつ頃くらいからの常連さんなのですか?」
と辰巳が訊ねた。
「三年くらいだと思います。最初は会社緒の上司に連れて行ってもらったんですが、気が付けば私の方が入り浸るようになったという感じですね」
と大久保はいう。
この証言の裏は最初からママさんに聴いていたので、その話とは矛盾していないことから、最初の質問で彼がウソをついているわけではないということは分かった。
「ということは、水島かおりさんがあのお店でホステスを始める前からの馴染み客になるんですね?」
「ええ、ママさんが彼女に私のことを、常連さんという表現で紹介してくれたくらいだったですからね」
と大久保は言ったが、これもその通りだった。
「大久保さんは水島さんを贔屓にしていた。それは店のホステスと客という関係よりも、深い関係になりたかったということですか?」
と訊かれて、
「ええ、私は彼女に好意を寄せていました。付き合ってほしいとも思っていて、実は一度告白をしたんですが、その時は、今はそんなことは考えられないと言われたんです。完全にフラれたわけではないので、男って情けないですよね、まだ店に通ってしまうんです。でもこれを自分では未練だとは思っていないんですよ。まだまだこれからだって感じています」
ママからは、大久保が告白をしたという話は聞かれなかった。それを自分から話すというのだから、これもウソではないだろう。そうなると、大久保という男はウソをついているわけではない。
「大久保さんは、亡くなった水島かおりさんが、ストーカーに怯えていたという話をご存じですか?」
と辰巳刑事は少し突っ込んだ質問をした。
すると、大久保は最初思ったよりも平然と、
作品名:見えている事実と見えない真実 作家名:森本晃次