見えている事実と見えない真実
「だけど、彼の話が奇抜だっただけに、その根拠はかなり薄く感じられたのも正直なところです。門倉さんはそのあたりをどう感じましたか?」
「深沢という男は、かなり水島かおりという女性に入れあげているという印象だったね。ただそれは彼女として、恋人としてという感覚ではなく、別の意味での新感覚なだけに、その思いがどれほどのものなのか、判断がつかないんだ」
「私もそうなんですよ。慕われているという感情は何となく分かるんですが、恋人でもないのに、そこまで入れ込めるのかと思うと疑問に感じます。特に彼女に決まった彼氏がいない場合はそれでいいのだと思いますが、好きな人ができてしまえば、今までナンバーワンだった気持ちが揺らぐはずなんですよ。彼女にとって、新しくできた彼氏と、深沢の間でジレンマのようなものが起こったとすれば、ひょっとすると彼女の中で、どちらかが邪魔な存在になってしまうということも究極ありえるんじゃありませんか?」
「そうなると、清水君は、どちらを邪魔な存在に考えると思うかね? あくまでも君の私見でいいのだが」
と門倉刑事がいうと、
「私なら、深沢氏の方を邪魔に感じるでしょうね。それはまだ若い女性だからという理由もありますが、もし彼女が新鮮さを求める女性であったとすれば、彼氏ができてしまうと、もはや深沢氏には新鮮さを感じませんからね」
と言った。
「結構、君はドライなのかな?」
と言われた清水刑事は、
「そうかも知れませんが、男性よりも女性の方が計算高いという一般的な意見を考えると、新鮮味というのは結構重要なポイントだと思うんです。つまりは新鮮味がなくなった相手を排除することは、消去法の基本であり、言い方は悪いですが、スーパーなんかの陳列で言われている『先入先出』というような感覚を計算として考えるなら、一番当て嵌まる考え方ではありませんか?」
と清水刑事が言った。
「なるほど、一般的な女性をイメージして考えたんだね?」
「ええ、私の私見で考えるならば、やはり統計的に高いものだったり、一般的という言葉を優先してしまうところがありますからね。そういう意味では奇抜な発想には向かないのかも知れませんが」
と言ったが、門倉刑事には、そんな清水刑事の性格が、警察官として向いているところだと思っているので、一応聞いてみたのだが、自分の中で清水刑事が何と答えるかというのは分かっていたような気がした。
「ありがとう。君の意見は大切に考えさせてもらうよ」
と門倉刑事は言った。
さらに今度は門倉刑事が自分の意見を述べた。
「私の中では、深沢氏というのは、結構計算高い人物ではないかと思えたことなんだ。したたかなところがあって、いかにも失言したなと思えるところも、まったくそのことに気付いていないような素振りで、実は彼の方は一番ドライではないかと思えるんだ。だから、彼の意見をすべて鵜呑みにしてしまうのは危険な感じがするし、例えば、意見ではなく実際に見たと言っていることも、果たしてそうなんだろうか? と疑ってみるくらいのつもりでいないと、痛い目に遭ってしまうのではないかと思える。だから、そういう意味では、きっと水島かおりは、彼氏ができたとしても、絶対に深沢を離すことはないだろう。それは水島かおりの意志ではなく、うまく深沢に誘導されるものであり、しかもその意識がないんだ。つまりはうまくマインドコントロールされるんじゃないかと思うんだ」
と門倉刑事は言った。
それを聞いて、清水刑事はきょとんとしている。こんな態度を彼がとるのは、話の内容が分かっていないからではない。まったく自分が思ってもいなかった発想を相手にされてしまうと、清水刑事の頭の中の回路がしばし止まってしまうのだった。そこから先どのような解釈をしていいのかに迷ってしまい、前にも後ろにもいくことができないというそんな発想である。
もちろん、そんな清水刑事の性格も門倉刑事は分かっている。そこが清水刑事の数少ない悪いところであるということもであった。
それでも清水刑事の原状回復のスピードは、他の人に比べて段違いに早い。頭の切り替えが早いからなのだが、その早さが功を奏することになるのだが、
「転んでもただでは起きない」
というのが、清水刑事である。
そんな悪い状態に落ち込んでから立ち直る時には、落ち込む前には思ってもいなかった新たな発想を手土産に戻ってくることが多い。それを分かっているので、門倉刑事も清水刑事を自由にさせているのだ。
門倉刑事は、ベテラン刑事であるが、ベテランとしての特徴をたくさん保持していた。それがこの、
「部下を見極める力」
であり、上司として一番備わっていなければいけない特徴であるということを理解したうえで、自分にその能力があることを分かっている。
つまり、それだけ自分自身のこともよく分かっているという証拠である。
そんな二人は、実にいいコンビであった。実際に数年前、つまり辰巳刑事がある程度一人前になるまでは、この二人がエースだったと言ってもいい。門倉刑事の方は出世し、主任としての上の立場になったことで、清水刑事が一番のエースになった。そこに辰巳刑事が入り込んできたわけだが、これまた清水刑事とは正反対とも言える性格なので、門倉刑事も清水刑事がどのように辰巳刑事を成長させていくか、その手腕に期待している。しかもその期待はかなりの信頼性を持っていることで、門倉刑事は楽しみにしていた。
――こんな話の中で辰巳刑事だったら、どういう意見を持っているだろう?
と考えなくもなかった。
これまでの捜査の中で、辰巳刑事の一言であったり、考えていることを遠慮なく喋らせると、彼の意見が一番真実に近かったということも多かった。ちなみにここでいうのは、
「真実」
であって、
「事実」
ということではない。
事実が違っても真実を捉えた発想ができるというのは、ちょっと矛盾した内容に感じられるが、それは見た目の視線を変えることでいくらでも事実にない真実に近づくことができるのだろう。そのことを教えてくれたのも辰巳刑事であり、やはり二人にとって辰巳刑事は決して無視することのできない大切な相棒としての見方が強かった。門倉刑事は別に自分が相棒を直接勤めているわけではないが、まるで自分の片腕、いや分身といっても過言ではないと思っている清水刑事の相棒なのだから、自分にとっても相棒だという考えに至ったのが、辰巳刑事その人だということだろう。
自殺か他殺か?
門倉刑事と清水刑事に、まさかこんな訪問者があったなどとは知る由もない辰巳刑事は、聞き込みに奔走していた。近所はもちろん、スナックの客で紹介してもらえそうな人にアポイントを取って、会える人を探してみた。
「警察ですが」
というと、相手は身構えたが、水島かおりが自殺をしたというと、ビックリして、その勢いからなのか、話に応じてくれる人もいたりして、それだけ、水島かおりの自殺が皆には意外だったのか、それとも、自殺であるにも関わらず警察が動いているということに違和感を抱いたことで、興味本位からか、警察が会いたいと言っているのであったら、
作品名:見えている事実と見えない真実 作家名:森本晃次