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短編集108(過去作品)

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 しかし、屋上から見ていると、これほど小さく見えるものかということを知ったのは、実際に池の周りを歩いてみてからだった。歩いていると、結構足が疲れたように思えるし、上から見ているよりも実際はもっと足元がデコボコしていて、歩きにくかったのを思い出していた。
 人間が小さく見えるはずなのに、清水が歩いている時だけはハッキリと見えた。あの時は、デコボコとした道のはずなのに、
――よく平気で歩けるな――
 と思うほど、安定感よろしく歩いていたのを思い出していた。
 まるで夢遊病者が白い服を着て、宙を彷徨っているようにさえ見えた。足が地に着いておらず、彷徨っているという言葉がピッタリと来るように見えたのだ。
――そういえばあの頃の清水は何かに悩んでいたんだっけ――
 それが何かはハッキリとしなかった。友達だから聞いても構わないと思いながら、
――友達だからこそ、よほどのことがなければ聞いても答えてくれないだろう――
 と思ったのは、清水の性格を考えたからだ。
 彼はよほどのことがない限り人に相談しない。だから相談される時はよほどのことであって、真剣に考えてやらなければいけないことなんだと思っていた。
 結局清水から何かを相談されることはなかった。むしろ私の方が頻繁に清水に相談していた。そのほとんどが他愛もないことで、あまり他愛もないことを相談するので、清水の方も、私に相談しにくかったのかも知れない。当たらずとも遠からじであろう。
 清水の家に到着すると、そこは想像していた葬儀の光景と何ら変わりのないものだが、清水のために用意されたものだということに違和感を感じずにはいられなかった。
「彼が死んだなんて、信じられませんね」
 中に入ると、庭で二人の男性が話をしていた。
 清水の家は、昔から旧家として知られていて、庭もそれなりの広さを誇っている。しかし、白黒の横断幕が掛けられていては、その自慢の庭も半減して見える。それも仕方のないことだった。
「だけど、私は彼は遅かれ早かれ、こうなる運命だと思っていましたよ」
「これ、あまり滅多なことをいうもんじゃないよ」
 と、小声にするように諭されていたが、十分小声だったので、それ以上声を小さくすると、二人の間でも声が聞こえず、顔を近づけて話さなければならず、却って不自然に感じられるだろう。
「清水さんは、事務所ではあまり目立つ人じゃなかったんだけど、でも会社の中では結構上司と通じていたって話ですよ」
 何となく悪口に聞こえたので、聞き捨てならなかった。
「会社の中で、少し清水さんは浮いていましたからね」
「浮いていたのは、きっと自分からそう仕向けていたのかも知れませんね。さりげない素振りをしているつもりでも、どこかで他の人と違う雰囲気を持っている人は、そう簡単に気配を消したりできませんからね」
 確かにそうである。清水が目立たないようにしているところなど、想像もできない。困っている人がいれば気にしてあげるところがあったり、さりげない行動が人の気を引いたりしていた。影で清水のことを気にしていた女性がいることも実は知っていたくらいである。
 しかし、それでいて清水は不器用だった。
 人のことへの気遣いはできるのに、こと自分のこととなると、どこかが抜けている。だからこそ親近感が湧いてくるし、彼のまわりに自然と人が集まった。
 しかし、仕事になるとどうだろう。彼が仕事をするとすれば、まず自分でコツコツとする仕事から入って、そこで得た経験をリーダシップに生かすという普通のサラリーマンの道を地道に行くことが、彼の実力を如何なく発揮できるはずである。無理をすれば必ず自分に振り返ってくることを一番よく知っているのは清水に違いないからである。
 清水の遺影が見えたが、その表情は学生の頃そのままであった。
――いつあんな写真を撮ったのだろう――
 先ほどの話を聞いていて、清水が学生時代からかなり変わってしまったことを想像させられただけに、スーツを着てキリッとした表情をしているが、その表情には余裕と自信が満ち溢れているように見える。
――きっと入社当時の写真なんだろうな――
 卒業して間もない頃に、一度清水と会っているが、その時の表情そのままだ。
 あれは熊本城の天守閣に昇った時のことだった。
 卒業して熊本を離れる私に、清水は熊本城へ行こうと誘ってくれた。高いところから下界を見下ろすのは高所恐怖症であっても、嫌いではない。特に気に入った風景に関しては、何度でも行ってみたいと思うものである。
「人がまるで豆粒のようだね」
「そうだな。だけど、それほど高いとは今は思っていないよ」
 と私がいうと、
「実は俺もなんだ。高校時代までは、本当に高いという気がしたんだが、今はそうでもない。高所恐怖症だけは変わりないけどな」
 と言って、笑っていた。
 その笑顔が遺影の笑顔に見えてくる。ひょっとして清水はその時、高所恐怖症を解消できたのではないかとさえ思えたくらいだ。
「人は死んだらどうなるんだろうね」
 清水が話していたが、それに対して無責任な答えをしたくなかった私はハッキリと答えなかったかも知れない。清水も私の気持ちを察したのか、それ以上聞こうとはしなかったし、バツの悪そうな顔をしていた。その時の表情が印象的である。
 人が死んだらどうなるかって言われても、テレビで見たり、本を読んだりして得た情報の中から自分なりに納得の行くものを勝手に想像するのではないだろうか。私の場合は、いや、他の人の多くがそうかも知れないが、
――肉体は滅びても、魂は残る――
 と思っている。
 しかしさらに考えていくと、
 魂だけが永遠に残ってしまっては、時代の流れに伴って増えていく一方である。その中で誰かが生まれ変わりでもしなければ、同じような人間がいつか現れるのではないだろうか。それを考えると、前世という考え方も、そのあたりから生まれたに違いないと思えてならない。
 小説やドラマで、前世の話をよく見かけるが、同じ時間に生まれる人がいれば、同じ時間に死ぬ人もいる。その人が生まれ変わりだと考える人もいるようで、すべて記憶をリセットしたあとで、魂だけが新しい肉体に宿る。合理的といえば合理的だ。
 きっとあの世を信じている人たちには、到底受け入れられる考えではないだろう。だが、前世を信じる人には、あの世の存在を否定する人は少ないように思う。考えの相違と違う次元ではないだろうか。
 自殺する人がいる。寿命を全うすることなく、自らで命を絶つ人だが、あの世を信じている人たちには、許されることではない。しかし、生まれ変わりを信じている人はどうだろう。死ぬことでリセットされて、もう一度人生をやり直せると思うのではないだろうか。今の苦しい状況から逃れられると思えば、そう考える方が救いになるというものである。
 清水はいつも何かに怯えていた。それは今から考えればそう感じるのであって、一緒にいる時はそれほど感じていなかった。遺影の笑顔が恐怖心を払拭しているように見えるからで、こんな笑顔はあまり見ることができなかった。
作品名:短編集108(過去作品) 作家名:森本晃次