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短編集108(過去作品)

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 車がなくとも生活に困らないことから、車を持っていないので、誰かを迎えに来ることもない。彼女ができないのは車を持っていないからではないかとも思っていたが、そうでもなさそうだ。確かに車があればいつでも好きなところへ行けるだろう。だが、自分の性格から車を持っていては却って辛いと思っていた。
 実は就職してすぐくらいに車を持っていた時があった。一年ほどであったが、すぐに事故って、車を廃車に追い込んでしまったのだ。
 それほど大きな車でもなく、中古車だったので、ローンもそれほどではなかったが、少なからず車もないのに、残ったローンを払い続けなければならないという虚しさをいやが上にも感じなければならなかった。
 これは屈辱以外の何者でもない。いくら自分の不注意とはいえ、こんな思いをしてまで車を保持したいとは思わなくなった。
 また、ハンドルを握ると性格が変わる人がいるが、石橋も類に漏れず、性格が急変する方だった。
 スピード狂ではないのだが、ダラダラ走っている車を見ていると必要以上にイライラしてくる。最初はそこまではなかったのだが、イライラが募るとクラクションをやたらと鳴らしてみたり、追い越し禁止の場所で、無理な追い越しをかけてみたりしていた。
 そんな自分を後から恐ろしく感じ、顔が真っ青になったことも一度や二度ではない。
――俺には車の運転は似合わないんだ――
 と感じたものだ。
 しかも事故を起こしたのは、イライラしている時でも、無理な追い越しをしている時ではなかった。精神的に落ち着いている時だったのだ。
――本来なら自己など起こす精神状態ではないはずの時――
 そんな時に事故を起こしたのだら、自分でもショックは隠せない。
「それは気の緩みだね」
「気の緩み?」
「そうさ、必要以上に普段からハンドルを握ると気を張っているので、急に気を抜くからそんな風に事故を起こすんだよ」
「だけど、気持ちに余裕はあるんだよ」
「だからさ。余裕がありすぎるから、気が抜けてしまうのさ。昔からよく言うじゃないか、過ぎたるは及ばざるが如しってね」
 知り合いの車のディラーと話をした時だった。こんな会話になったのだが、本来であれば車を売ろうとする立場の知り合いが、
「車に乗るのはよした方がいい」
 と遠まわしながら言っているように思えてならなかった。
「そうか、じゃあ、車に乗るのは諦めようかな」
 というと、
「そうした方がいい」
 という返事が二つ返事で返ってきた。やはり車に乗らない方がいいということを暗にほのめかしていたのだった。
 車で迎えに来る光景を眺めていると、まるで遠い記憶がよみがえってくるようだ。車を持っていた時、彼女がいたわけではないのに。どこによみがえる記憶があるというのだろう。不思議な感覚だった。
 駅の改札口で、女の子と待ち合わせた記憶がよみがえってくる。
 大学生の頃だっただろうか、旅行先で知り合った女の子が、
「遊びに来ない?」
 と電話で連絡をしてきてくれたことがあり、出かけていったものだ。
 彼女の家は、それほど近いわけではない。特急列車で二時間以上乗っていくところだったので、小旅行に近い感覚だっただろう。
「うちに泊まればいいのよ」
 ビジネスホテルにでも泊まろうと電話で話しながら考えていると、勘がいいのか彼女が自分の家に泊まることを薦めてくれた。
「いいのかい?」
「ええ、お母さんにあなたのことを話したら、ぜひ泊まってもらいなさいって言われたの。今度近くでお祭りがあるから一緒に行けばいいわってね」
 彼女の性格はどこか掴み切れないところがあると思っていたが、生まれ持っての性格もあるのだろうが、育った環境もあるのだろう。天真爛漫なところは、完全に育った環境も影響しているに違いない。
 旅行先での彼女は。話をしていて、時間を感じさせないところがあった。いつも何かを夢見ていて、そこが魅力の彼女だった。すぐに話が飛躍して、気がつけばまた同じところに話が戻っているようなところがあったが、却って引き込まれるような話し方に聞こえるのだ。
――神秘的な性格なんだろうな――
 と感じていた。そこに天真爛漫さを感じたが、
「彼氏はいるのかい?」
「ええいるわ。でも、あまり最近では仲良くしていないの」
 とはにかんで見せた態度に対し、ホッとした安堵を感じてしまったことを彼女に悟られまいとしているのが分かったであろうか。どこか照れくさそうにしている態度を見ていると、彼女も石橋に対してまんざらではない雰囲気を醸し出していた。
 約束はとんとん拍子に進んで、遊びにいく当日、ウキウキした気分ではあるが、どこか浮ついた気分でいる自分を訝しがっていた。何かの予感だったのかも知れないが、果たして待ち合わせの場所にちょうどいいくらいの時間についた時、初めて来たはずの駅なのに懐かしさを感じていた。
――この光景、違和感がないな――
 これこそ予感が的中したことを半分悟った瞬間でもあった。
 五分、十分と待ち合わせの時間が過ぎていく。二十分くらいまでの時間の長いこと、しかし、心地よい時間であった。
 他の人であれば二十分も待たされると、
――おいおい、どうしたんだ。ちくしょう――
 少なからずイラつきが一旦ピークに達する時間ではないだろうか。石橋も足すかにイラつきがないといえばウソになる。それは彼女が来る来ないの問題ではなく、昨日まであれこれ想像していた再会の場面を壊す行為に対して問題だと思っていたからだ。
 男のくせに勝手なシチュエーションを考えて、自己満足に浸っているのは、いいのか悪いのか分からないが、それで楽しい気分になれるのであれば、それはそれで悪いことではない。ただ、想像通りに行かなかった時のギャップを考えたことがなかったので、
――やっぱり、あまりいいことではないのかな――
 と考えるようにもなった。
 石橋は諦めの悪い方である。せっかく来て待っているのだから、普通であれば二十分も来なければ、
――もう来ないだろう――
 と見切りをつけて、彼女の家に電話を入れて、状況を確認するだろう。だが、その時の石橋にはできなかった。
――待っているうちに来るさ――
 根拠のない自信のようなものがあったからだ。それにここまで待ったのだから、引き下がるのはもったいないという気持ちもあった。例えは悪いがまるでパチンコ台のようなものである。
 なかなか出ない台に座っていて、見切りをつけて他の台に移ろうと思っても、
――もし他の人が来て、座って打ち始めた瞬間に当たりでもしたら、絶対に後悔する――
 という気持ちがあるからだ。もっともそれがパチンコ屋の宿命ともいえ、ギャンブルという言葉が当てはまるのである。
 いろいろなことが頭を巡り、時間が刻々と過ぎていく。それでも再会のシチュエーションが頭の中から離れることはなかった。
「待たせてごめんね」
 いや、
「待たせてごめんなさい……」
 顔を上げることもできないほどに恐縮してしまっている女性を思い浮かべる。知り合った時の天真爛漫な性格は鳴りを潜めているに違いない。
――想像もできなかったはずなのに――
作品名:短編集108(過去作品) 作家名:森本晃次