短編集108(過去作品)
と思っていたに違いない。それは自分が営業部にいた時に感じたシステムに対しての重いと同じであった。
同じ会社内なのに、どうしてこんな意志の疎通のばらつきがあるのかが分からない。なるほど、いろいろな部署を転属することが昇進の早道とまで言われている理由の一環がここにもあるのだとやっと他の部署に行くことで分かってきた。一つの部署だけしか経験していなければ、判らないことだらけで、不満だらけになってしまうからである。
若いうちはそれでもいいのかも知れないが、実際に昇進していく中で、他部署との連携を保たなければいけない立場の人はそうも言っていられないだろう。それを考えると、時期的にもシステム部への転属も悪くはなかったに違いない。
それもあくまで夜勤がないという前提であれば心配はないのだが、なぜ自分がこれほど夜勤に対して神経質になっているのか分からない。
――夜が怖いのだろうか――
自分でも分からない。
確かに、今まで夜というと寝ている時間で、起きていても一人でいることはなかった。絶えず誰かといて、話をしていることが多く、話をしていると、夜を夜と感じないほどに話しに花が咲いていた。
夜更かしをしていると、感覚が鈍ってくる。起きているのに、まるで夢の中を彷徨っているような感覚に陥り、遠くの方で犬の遠吠えなどが聞こえてくれば、夜だという意識があるのだが、眠たいくせに、目が冴えていた。
普通感覚がなくなれば、睡魔が襲ってきて、瞼が次第に重くなり、そのまま眠ってしまいそうなのだが、瞼が重くなることはあっても、眠ってしまうことはない。手足に痺れも感じるが、風邪薬を飲んだ時の痺れとあまり変わらない。
――それなのに眠くならないということはどういうことなんだろう――
と感じるが、理由は分からなかった。
夜勤を始めて寄るようになった喫茶店がある。その店にあるトイレで、鏡をよく見ていたのだが、ある日、その鏡に写っている自分の顔が不自然に見えたことがあった。
それが日勤と夜勤の入れ替わりの時で、鏡に写った自分の顔が普段と逆に見えたのだ。
本当の顔を写していたのである。
変だと思い、トイレを出ると、今度は喫茶店自体が左右対称に見えるではないか。文字にしてもそうだが、右利きの人が左利きになっている。利き腕が違えば明らかに雰囲気の違いは歴然であった。
――まるで夢を見ているようだ――
そうだ、この世界は夢なのだ。そして、夜勤と日勤を繰り返していれば、すべてが反対の感覚になり、夢が現実で、現実が夢になる世界が現れるのかも知れない。
――今はどっちの世界なのだろう――
夜勤から日勤に切り替わった世界に安心感を抱きながら、麻痺してくる感覚がアンバランスな自分をゆっくりと正してくれることを感じていたのだった……。
( 完 )
作品名:短編集108(過去作品) 作家名:森本晃次