予知夢の正体
「言葉でどんなことを言われたとしても、毅然な態度に勝るものはない」
それを玲子は思い知ったのだった。
玲子は教授をじっと観察していた。まわりの変なウワサとはまったく違う教授しか、玲子の目には映らない。毎回の授業も相変わらずのダメ教師ぶりであるが、授業の様子を一番前でしっかり聞いてみると、これほど分かりやすい講義をしてくれる先生もいないような気がしてきた。
後ろで騒いでいる連中もいるのだが、前の方でしっかりノートを取っている学生もいた。いつも、どんな講義でも、一番前に陣取っている連中だが、彼らに聞くと、
「佐藤教授の講義って、結構分かりやすいし、興味をそそられる内容の話も織り交ぜてくれるから、結構面白いですよ」
と言っていた。
玲子も彼らに交じり、ノートを取ってみたが、なるほど、話も楽しいし、真面目に講義を受けてみると、
「さすが大学教授の講義だ」
と思えるような、ダイナミックさに包まれているような気がした。
思い込みの激しさ
今回のこの事件は、玲子の性格である、
「思い込みの激しさ」
が招いたと言っても過言ではないだろう。
喫茶店で聴いた、
「殺人未遂までは承る」
というサイトの情報を、他の人が聴いているということを意識してのことなのか、それとも自分たちの内輪話しで盛り上がっているだけだと思い込んでいるからなのか、サイトの詳しい話までし始めた。
それを盗み聞くようにしてメモに取った玲子だが、その時は、まだこのサイトを利用してみようなどと思ってもみなかった。
その時はまだ実際に佐藤教授を狙い撃ちにするつもりがあったわけではない。まだ話を聞いた時点では、
「私と教授との信頼関係は絶対なものがある」
と考えていたからだ。
一度、教授のことを疑うという思い込みを発揮したせいもあってか、教授の真心に触れたことで、玲子は完全に、教授の崇拝者になっていた。
「誰が何と言おうとも、私は教授を信じる」
という強い意志を、思い込みが激しいといういい意味で尽くすことが、自分のためでもあると玲子は思ったのだった。
マイナスのどん底から、プラスの頂点に一気に上り詰めると、思い込みしかないのは当たり前のことで、何があっても、自分は思い故小見が激しく、それは悪いことではないと思っているので、一点を見つめてしまうと、そこはまるでスポットライトが当たったかのようではないか。
いつも夢の中でまっくらな中に映し出されるスポットライト、それはまさに思い込みの激しい自分のことを分かっていて、それを表現しているということに他ならない。
教授に直球で意見を言った時、もし教授が激高でもすれば、こんな気持ちにはならなかっただろう。真面目に接している自分のことをよく分かってくれ、教授も真面目に接してくれていることが分かったことで、教授に興味を持った。
まだ、その時には恋愛感情などはなく、まだ疑惑もすべてが解消されたわけでもなかった。ただ、玲子は自分のことを、
「少しでも信じれる相手であれば、徹底的に信用できるように、自分で証明しなければならない」
という衝動に駆られるのであった。
教授はそんな相手であった。玲子が怪しい目で見たとしても、そこにいるのは、いつもの教授に変わりはなかった。
要するに、どんな方向からどんな目で見ようとも、まったく変わった様子を感じないのは、相手がこちらがどんな方向であっても、正対して見てくれているという証拠であり、それが、
「誠意というものではないだろうか?」
と感じたのだ。
教授に誠意を感じると、自分が今まで誠意なるものを自分に感じたことのないことが、真面目で潔癖症な自分を作り上げてきたのだということを分からせてくれたような気がした。
佐藤教授はまだ四十歳を少し超えたくらいであろうか。教授になるまでにもあっという間だったというから、相当、その道の分野では、第一人者としての権威を持っているということなのだろう。
私生活では、まだ結婚はしていない。付き合っている人もいないことから、学生の間では、
「女性に対して贔屓をしている」
などという根も葉もないウワサが立ってしまったのではないだろうか。
教授というものが、
「自分の研究を好き勝手にできて、いいよな」
と言っている人もいて、勘違いされがちだが、一緒にいると、その孤独さがにじみ出て居るのがよく分かる。
誤解されやすいのも、きっと孤独の裏返しがわがままな態度に見えるからなのかも知れないと玲子は思った。
教授はとにかく、表に自分の孤独を表そうとはしない、隠そうとすればするほど、露骨に孤独を表に出しているあざとさを感じさせるものだが、教授の場合はそんなことはなかった。
本当に一人で勝手に研究をしているように見せているので、まわりは勘違いするのだろう。中にはそんな自分勝手に研究ができる教授を妬んでいる人が学生の中にいるかも知れない。
教授連中の中でなら分かる気もするが、自分たち学生の中で教授に嫉妬する人がいるとすれば、好きな女性を教授に取られたと思っての妬みではないだろうか。ただ、教授はウワサにあるような、相手の弱みに付け込んで自分のものにするということはしない。
いや、そういう輩の教授がいたとしても、それはあくまでもその時だけのことであって、決して尾を引いたりはしないだろう。長く相手を脅迫による拘束などをすると、いつ何時報復を受けるか分かったものではない。警察が介入してくれば、すべてが終わりなのだ。
そういう意味で、つまみ食い程度にしておかなければ自分の立場が悪くなると思う教授は、
「一人には一度きり」
と考えるものではないかと玲子は考えた。
だが、佐藤教授にはそんな下心はほとんどなかった。別に女が嫌いだというわけでもなく、
「女よりも研究の方が今は楽しい」
と思っている人で、男子学生の中には、そんなことは信じられないと思っている人も相当いるかも知れない。
それは自分に照らし合わせてであるが、二十歳前後の学生と中年男性の比較が一言でできるとも思えないし、一概に言えるものでもないが、どちらが精力に満ちているかを考えると、分かりそうなものである。
教授は研究が三度のメシよりも好きだと言っていた。
玲子も思い出してみると、子供の頃にゲームをしていて、ご飯を食べるのも忘れて熱中したことがあったのを思い出した。そんな思いは誰にでもあったはずで、それを思い出さずに相手だけを見ているから、誤解が生じるのだろう。
そもそも、彼女のことだけに、最初から盲目になっていたとしてもそれは仕方がないだろう。本当は、そんなバカな男子学生のことなど気にすることなく、教授のことは自分だけが分かっていればいいと思っているだけでよかったはずだ。むしろ、そんな自分の方が教授を健気に思っている気持ちを客観的に見ると、こんなにもいじらしい気持ちになるのが心地よかったのだ。