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予知夢の正体

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 を開けてしまったかのように感じてしまう。
 せっかくのプロメテウスの忠告も、ゼウスの陰謀には適わなかった。人間の欲望が我慢できない状況を作り出し、開けてはいけない箱を開けさせるのだった。
 マスターは、自分の娘のことをどう思っているのだろう。離婚しなければいけなくなった理由は分からないが、実際は好き合って結婚したことには違いない。お互いに楽しかった思い出だってあるはずだ。その思い出よりも、辛い思いの方が強いから、離婚ということになるのだろうが、
「納得しての離婚などあるんだろうか?」
 と思っている玲子は、それだけ真面目な考えしか持てないのかも知れない。
「円満離婚というのがあるが、円満であれば、何も離婚する必要はない」
 というのが、言葉の扱い方ひとつの解釈であるということが分かっていないのだ。
 要するに単純な考え方しかできないことが、そう思わせるのだろうが、男女の間というのは、そんな単純なものではない。
「昨日まで、あれほど自分の気持ちを一番分かってくれているのが自分の伴侶だ」
 と思っていたはずなのに、気が付けば、一番一緒にいたくない人物になった。
 言葉を交わさないだけで、威圧感があり、一緒にいることが怖くなってくる。それは男であっても女であっても同じこと、そうなってしまうと、離婚しか方法はなくなってしまう。
 だからと言って、離婚が二人の共通の意志というわけではない。片方は頑なに離婚したいと思っているかも知れないが、もう一方は何とか修復できないものかと思うだろう。それでも、相手の気持ちが固いと離婚ということになるのだろうが、子供がいたりすると、さらに問題が複雑になってくる。
 親権の問題、養育費の問題、さらには、面会の問題と、いろいろな決め事があるだろう。たいていは母親の方に行くことになるのだが、もちろんそれも母親の経済的な自立能力があってのことだ。
 いくら本人同士で決めていたとしても、実際の養育能力がなければ、子供を育てることはできない。施設に相談してみたりするが、なかなかうまく行かないのも現状だ。
 そんな時、同じくらいの年齢の男性がフラッと目の前に現れると、寂しさや心細さからか、相手が頼もしく見えてきたりするものだ。
 玲子の義父がそうだったのだろう。
 しかし、実際に一緒になってみると、相手の男は自分の立場に気付き、何も相手に従うことはない。自分がすべて仕切って、やりたいことをすればいいという妄想に駆られたりもする。義父がどこまでの人だったのか分からないが、いずれは遅かれ早かれ別れることになるのだろうが、それを予知夢で見たというのも、その夢が本当に予知夢だったのかどうかは別にして、本当は自分の中の意識として最初から分かっていたことだったのかも知れない。
「ねえ、マスター、マスターはその子供さんと今も会っているの?」
 と聞くと、
「いや、娘は今入院中なんだ」
「どこかお悪いの?」
 と聞くと、マスターは一気に思いつめたような顔になって、
「ずっとボーっとしていて、私のことも思い出せないんだ」」
 というと、
「それは……」
 と言いかけて、友達はそれ以上を口にするのをやめた。
 分かり切っていることは言うまでもないことだというのは、まさにこのことではないだろうか。
 さすがに二人はそれ以上は聞けなかった。
 なるほど、教授の記憶が欠落しているということを話したものなので、マスターは娘さんのことを思い出したのだろう。
「私のことも、別れた女房のこともよく分からないらしい。でも身体には障害がないということなので、よかったというべきか。今はとにかく、娘の記憶が戻るように努力はしてみるが、戻らなければ戻らないで、これから娘がいかに生きていくべきなのかを、親としてしっかり考えてやりたいんだ」
 と、マスターは言った。
「本当にその通りなんでしょうね」
 と玲子がいうと、友達も頷いていた。
 すると、友達が何かを思い出そうとして考え込んでいるのが分かった、ここで一体何を考えているというのか、玲子も彼女の考えを模索してみた。
――そういえば、私たちのクラスに入院した人がいたというのを聞いたことがあったわ。確か自殺未遂で、しばらく入院を余儀なくされているという話で、しかも、どうやら何かの後遺症が残るというような話だった。それが記憶喪失だったのではないかと思うと、マスターは最初から自分たちの近くにいたということになるのだろう――
 と、玲子は考えていた。
 しかし、その娘がマスターの娘だったとすれば、どうして自殺などしたのだろう。あくまでウワサなのでハッキリとしたことは分からないし、その娘のことだって、玲子はほとんど記憶にない。
――もっと意識していればよかったな――
 と感じたが、後の祭りだった。
 マスターをかわいそうだという思いはあるが、果たしてそれだけであろうか。マスターが何か今回の事件で知っていることがあるのだとすると、話が変わってくる。例の、
「自殺未遂までのこと」
 と言っていた連中の存在が、信憑性を感じられなくなってきた。
 そもそも、玲子も同じ思いをしたことで、その信憑性はかなり高いものだったのだが、それは自分をまったく疑っていないという根拠から来ているものであった。
――教授とマスター、二人の関係は、どこにあるというのか、ここまで来て、まったく関係のないということはないだろう――
 と、玲子は感じていた。

                    大団円

 その日は、それ以上マスターと話をしているのがつらかったこともあって、食事をしてすぐに家に帰った。しかし、事件が急転直下の様相を呈してきたのは、その翌日のことだった。マスターが、警察に連行されたからだった。
 理由に関しては、教授を襲った容疑が掛けられているということだが、どうやら、教授の身辺を調査していると、マスターと思しき人からの脅迫状が見つかったという。
 マスターには動機もあったというが、その動機というのが、例の記憶喪失になった娘さんだった。
 マスターの娘さんは、教授の毒牙に掛かって、単位欲しさの他の女の子と同様に見られ、教授に乱暴されたのだという。そのことは、彼女の部屋から出てきた日記によっても書かれていたことだったので、ウソではないだろう。
 マスターがどこでそのことを知ったのかということが問題になったが、どうやら、店の客がウワサをしたことが原因だったようだ。
 そこで、マスターは、その連中に自分がその娘の父親であることを告げ、彼らに別のウワサを流すように促した。お金も与えたであろうし、娘のウワサを流したことで、彼らを脅迫もしただろう。彼らはお店で、玲子に聞こえるように話をした。玲子はマスターの思惑通りにその話の証人になったのである。
 玲子がかつて、マスターとの話の中で、
「私、時々夢を見るんだけど、どうやらそれって予知夢らしいの」
 と言った言葉がマスターには大きな印象を与えたのだろう。
 マスターはその話を聞いたことで、玲子を証人に仕立てようと思ったようだ。
作品名:予知夢の正体 作家名:森本晃次