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予知夢の正体

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 教授は意識はあるが、まだショックが残っているようで、念のためということで、一日だけ集中治療室で養生し、翌日から個室に移るということになったようだ。当然初日は面会謝絶なので、病院に行っても意味がないので、翌日行ってみることにした。
 といっても、玲子はただ先生の講義を受けているだけの学生というだけなので、一人で行くのは無理なので、ゼミ生である友達がお見舞いにいく時に一緒に行くという形式を取った。
 まさか、前の日に、彼女や喫茶店のマスターと教授の事故から派生し、予知夢の話になったなどということは言えなかった。それをいうためには、例のおかしな連中の会話、つまり、「殺人未遂までの犯罪」という話をしなければならない。
 そうなってしまうと話が長くなってしまうし、教授の疲れを考えると、余計なことをまだいう段階ではないということだ。
 病院は大学から少し離れたところにあり、教授の家からも決して近いわけではなかった。ではどうしてその病院になったのかというと、考えられることは二つある。
 一つは、教授が転落した歩道橋に近い場所の病院に運ばれたということだ、現場から一番近い救急病院に搬送されたと考えるのが一番である。
 もう一つは、近くの救急病院が受け入れできず、仕方なく、こちらに回されたという考え方だ。だが、すぐにその疑問は解消したのだが、こういう疑問を一つ一つ抱いて、どうでもいいことでも、何かヒントになることがあるというのが、玲子の考えで、気になったことは簡単にスルーすることはなかったのだ。
 結論としては、前者の方で、教授が大学とも家とも違うところを歩いていて、そこで突き飛ばされたということであった。
 だが、二人は教授に遭うまでは知らなかったことだったが、教授の部屋に入り、
「大丈夫ですか?」
 と言った途端の、教授の顔を見た友達が急に固まってしまったのを見た玲子は、一瞬何が起こったのか分からないと感じた。
 すると、友達が何とも言えない悲しそうな表情になるのを感じ、教授を振り返ると、教授はまったく表情を変えようとしていない。完全に虚空を見つめていて、何を考えているのか分からない感じだった。
 玲子にもその理由が分かってきた気がした。
――ひょっとして、教授は記憶喪失なんじゃないかしら?
 という思いだった。
 頭に巻かれた痛々しいばかりの包帯を見ると、よくテレビで頭を打って記憶喪失になった人のシチュエーションに似ている。まるで判で押したようなイメージではないか。
 そう思うと、玲子は教授を見て、自分までも情けない表情になるわけには行かないと思い、毅然とした表情を見せていたが、教授の何とも言えない無表情さに、何か果てしない不安が漲っているかのように思えて。
――ここからできるものなら、逃げ出したい――
 と感じ、今まで何を勇んでここまでやってきたのか、その意義がまったく失われてしまったことに気がついた。
 友達はまだ苦み走った顔をしている、その顔は気の毒だというよりも、まるでありえないとでも言わんばかりの恐怖が、何か見てはいけないものでも見たかのように、打ちひしがれてでもいるかのようだった。
「教授、もう警察の方の事情聴取は終わったんですか_」
 といきなり友達が聴いた。
 彼女は相変わらず唐突で、時として相手に気を遣うというころを忘れてしまう。しかし、彼女の唐突さは偶然なのか、今まで相手を怒らせたことはない。相手が怒らないと分かって唐突に聞いているようだった。それが彼女の特技なのか、本当に分かっているのかまでは分からなかった。
「ええ、終わりましたよ」
 教授は、そう殊勝に答えた。
――おや?
 玲子は、教授の言葉を聞いて、何かが違っていることに気付いた。
 明らかにいつもの教授と雰囲気が違っている。普段は高圧的と会で言わないまでも、もう少し威圧感のある上から目線のように見え、いかにも共助という雰囲気を醸し出しているのに、この日はまるで他人が来たかのような様子だった。
 確かに、けがを負わされ、頭には痛々しい包帯が巻かれた状態で、昨日はいくら念のためとはいえ、集中治療室にいたのだから、このような様子も分からなくもないが、どこか目の視点が定まっていないように見え、その先は虚空を見つめているようでしょうがなかった。
――夢でも見ているというような表情に見える――
 と、玲子は感じたが、一体どうしたというのだ。
 玲子はすぐに何がどうしたのか、分からなかった。
「教授は、昨日どうしたんですか? 歩道橋から転落したという話だったんですが」
 と友達は聞いた。
「ああ、そういうことらしいんだけど、何が一体どうなったのかがよく分からないんだ。ただ意識の中に、背中を押されたという記憶が残っているんだけど、落ちていく瞬間、まるでスローモーションのようにゆっくり落ちている感覚があったからなのか、普通のスピードで落ちていく自分の残像のようなものが見えていて、『自分もこのままあの後を追って落ちていくのか』と感じたんだよ。そのことだけは、今でもハッキリと覚えているんだ」
 と教授は答えた。
「それを警察に話したんですね?」
「話した。メモを取っていたようだけど、私の話から何を感じたのかまでは分からなかった」
「ところで、教授はその場所はよく通る場所だったんですか?」
 と聞かれた教授は、
「たぶん、時々通る場所だったと思うんだけど、私がその道を歩いていたというのは、意識が戻ってから教えられたものなんだ。つまり、今朝警察の人から初めて聞かされたと言ってもいいだろう」
「教授はどこに行こうと思っておられたんですか?」
「それがよく覚えていないんだ。誰かに遭いに行こうと思っていたことは確かだと思うんだけど、それが誰かの家なのか、それとも待ち合わせの場所なのかも分からない」
「でも、待ち合わせだったとすれば、教授がその場所に現れなかったのだから、相手から何か連絡が入っているかも知れませんよ」
 と言われて、教授はスマホを取り出して見せた。
「そう思って私もスマホを確認したんだけど、スマホには何も送信がない。誰かと場所と時間を決めて会うという約束をしていたわけではないということなんだろうね」
 さすが教授、記憶は曖昧だが、捉えるところはしっかり捉えている。
 意識の方は実にしっかりしているということであろう。
 教授は続けた。
「そこで私は考えたんだけど、私が目的の場所に行こうと思ったのは、自分の意志ではなく、誰かに呼び出されていたのではないかと思ったんだ。もし、そうであれば、呼び出された場所に来なかったことに対して相手が何もアクションを起こしていないのであれば、その呼び出した人間が私を突き落とすために、呼び出したんじゃないかとね」
 という推理を立てているようだ。
 ここまで聞いてくると、教授はどのあたりまで深刻なのか分からないが、明らかに記憶が欠如していることは間違いないようだ。しかし、普通の記憶喪失とは違っているような気がする。普通の記憶喪失であれば、過去のことを思い出そうとすると、多少なりとも頭痛を伴うおのだという意識が玲子にあったからだ。
作品名:予知夢の正体 作家名:森本晃次