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予知夢の正体

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 教授の研究室に怪しい女がやってきて、婚姻届けを突きつけるなどいう夢を見てから、二週間くらい経った頃であろうか。
 そんな夢を見たという記憶がほとんど消えかかっていた頃のことである。一週間もすれば、その夢のことは覚えていても、その夢を見たのがいつだったのかということを覚えていないという状況に陥っていたが、急に思い出すきっかけになる出来事が起きてしまうと、まるで昨日のことだったように、その内容が頭の中に呼び戻され。その夢を見た時期というのが、二週間前だったという、要するにあらかたの記憶が戻ってきたのだった。
 その日は、珍しく夢を見たという意識があったわけではない。ちょうど朝から大学に行く日で、いつものように、朝モーニングサービスを食べに、馴染みの喫茶店に寄った。
――あの奇妙な話をしていたというのは、いつのことだったのかしら?
 と思い起こしてみたが、すっかりいつだったかということは覚えていなかった。
 だが、週に一度いくお店ということもあって、一週間後には、
「まるで昨日のことのよう」
 という意識になっていた。
 そして次の週には、
「おとといのこと」
 というように、一週間を一日の単位として自分の中で刻む時間があることを感じさせた。その意識を理解しているのだから、自分でも不思議な感覚だったのだ。
「やあ、いらっしゃい」
 といつものように、マスターが声を掛けてくれた。
 その日は、いつもよりも学生の姿が少なく、その分、サラリーマンが多いような気がしたが、そういえば、おかしな秘密結社の話をしていた学生たちをもうそこで見ることはなかった。
 あの話にどこまで信憑性があったのか分からないが、記憶の中で、ある程度引っかかった状態があるため、きっとなかなか記憶の奥に封印することはないのだろうと思われた。
「記憶などという曖昧なものは、そう簡単に消えはしないが、なかなか覚えているものでもない」
 というのが、玲子の考え方であった。
 しかし、あの連中が話していたことは、どうしても頭の中から離れない。あれがいかにも、
「予知夢」
 を意識させるものであったということは自分でも意識しているので、そのせいもあってか、鮮明とまでは言わないが、忘れるという要素が見つからないくらいだった。
 そんな時、普段は昼から登校するはずの友達が、入り口の扉を開けて入ってきた。まさか知り合いとこんな時間に遭うなど、想像もしていなかっただけに、入ってきた時もその存在に気付かなかった。
 ただ、
――何となくせわしい人が入ってきたな――
 という程度だったが、自分を訪ねてやってくる人がいるということも、想像していなかったことだった。
「玲子、やっぱりここにいたのね?」
 と言って、隣に座った彼女は、普段からあまり相手に気を遣うことはないタイプの女性だった。
 それは玲子の方とて願ったり叶ったりで、変に気を遣う人間を相手にしていると、こっちが疲れるというものだ。
 だから、ズケズケと入ってきて、隣にいきなり座っても、まったく違和感があるわけではなかった。それでも、何か普段とは少し違っていることが分かったので、
「どうかしたの?」
 と聞いてみると、
「うん、ちょっと今朝の新聞を見てごらんなさいよ」
 というではないか、
「新聞? 何かあったの?」
「うん、あったのよ。あれはM新聞に載っていたんだけどね」
 と言って、新聞受けから、問題のM新聞を持ってきた。
「ここ、見てごらんなさいよ」
 と言われて、そこを見ると、
「K大学文学部の、佐藤教授が負傷」
 という見出しになっていて、記事の内容を読むと、
「昨夜、八時頃、K大学文学部の佐藤教授が、大学からの帰宅途中、歩道橋から転げ落ちて、全治二週間のけがを負った。命には別条はないが、教授の供述によると、誰かに突き飛ばされたということで、現在、警察の方で、傷害事件として捜査を始めた」
 というような内容の記事が書かれていた。
「あなた、よく気が付いたわね」
 と玲子がいうと、
「私、朝起きて新聞を読むのが日課になっているのよ。就職活動もそろそろなので、新聞を読むようにしているんだけど、うちの大学の名前があったのでビックリして見たら、なんと佐藤教授の名前が書いてあるじゃない。これは尋常ではないと思って、急いであなたに知らせようと思ってね」
 と、彼女は、教授のゼミ生であった。
 だから、というわけではないのだろうが、とりあえず大学に行ってみようと思っていたところ、
「玲子がちょうど朝からの講義があったのを思い出して、来てみたんだけど、やっぱり知らなかったのね」
 というではないか。
「ええ、まったく知らなかったわ。でも、誰かが突き飛ばしたなんて、物騒な話ね」
 というと、
「ええ、それがね。実はこの間から少し教授の様子がおかしかったのを私は気付いていたんだけどね」
「おかしかった?」
「ええ、何かに怯えているような、それでいて、怯えているわりには、あまりまわりを警戒していないような、そんな矛盾している雰囲気があったのよね。矛盾しているように見える行動って、結構目立つものじゃない。だから私にもその違和感が分かったんだけど、でもまさか、本当にこんな事件が起こるなんて、ビックリだわ」
「場所はどこなんでしょうね?」
 と玲子が聞くと、
「私はゼミ生だから、ゼミの仲間たちと一緒に何度か教授の家に遊びに行ったことがあるのよね。そこはマンションなんだけど、住宅街を通り抜けて、住宅街の奥の方にあるんだけど、マンションの近くあたりはあまり人通りもなくて、大通りに面しているところでも、歩道を歩いていると、なかなか人と出会うことがないくらいなのよ。きっとそのあたりの歩道橋だったんじゃないかしら?」
 と、彼女は言った。
 もちろん、新聞の短い記事だけなので、まったく信憑性のない話だが、玲子は何となくでも想像することができた。
 そして、思い出したのが、教授の部屋で見た婚姻届けの女である。
 あれは夢だったはずなのに、今また記憶から弾き出されるように出てきて、当たり前だと言わんばかりに、意識の方に帯同している。
――予知夢だったということかしら?
 と思うと、ゾッとしてきたが、これは人にいうような話ではない。
 第一、話をしても誰が信じるというのか、限りなく信憑性がゼロに近い話ではないか。まるで子供のようなこんな話、バカにされるだけがオチである。
 するとそれを聞いていたマスターが、
「そういえば、この間、佐藤教授がいらしてたんだけどね。その時、奥の方で数人の学生がタムロしていたんだけど、その様子をしきりに気にしていたのを覚えていますよ」
 と、話に割り込んできた。
 マスターが人の話に割り込んでくるなどということはあまりなかったことなので、よほど気になる話だったのかと思ったが。マスターのその言葉で、玲子とその友達はまるで金縛りにでも遭ったかのように、一気に緊張が増してくるのを感じていた。
「どういう話をしていたんですか?」
 と友達が聴いた。
作品名:予知夢の正体 作家名:森本晃次