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予知夢の正体

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 それは相手が教授だったからなのか、それとも、自分の中に嫉妬のような恨みの気持ちが湧きかえっているからなのか分からないが、少なくとも、その状況を自分なりに理解しようと必死だったことは間違いないだろう。
――それにしても、いきなり婚姻届けを机の上に取り出して、教授に何かを迫っているホステスのようなこのケバい女、一体どこの誰なんだろう?
 と玲子は考えていた。
「そんなものは仕舞いなさい。ここをどこだと思っているんだ」
 と教授は一喝するかのように言ったが、女性は送すことなく、
「あら? あなたがここに連れてきたんじゃないの。自分のマンションでは困ることでもあるのかしら?」
 という。
「何をいうんだ、そんなことはない。君こそ、ちょっと仲良くなったくらいでいきなり結婚を迫ってくるとはどういうことなんだ? わざとらしくこんなものまで用意して」
 と言って、まるで汚らわしいとばかりに、近任届の紙を彼女につき返した。
「何するのよ。あなたがそこに署名して捺印してさえくれれば私はこれを役所に持っていくだけだわ」
 という女に対して、
「別に私はお金を持っているわけでも、著名な学者というわけでもない。そんな私に結婚を迫っても、君には何ら特になることがないんだよ、それを分かっていてこんなことをしているのかね?」
「ええ、そうよ、あなたは私がまるで金の亡者だと思っているのかしら? 失礼しちゃうわ」
 と言って、彼女は憤慨している。
 だからと言って、それほど怒っているように思えないのはどうしてだろう? 教授の方が完全にテンパって見えるのだが、普段の教授からは考えられない様子だった。
 今の状況で判断できることと言えば、立場が完全に彼女の方が上だということだ。主導権を彼女に握られたまま、どうすることもできない教授は、果たしてどうするというのだろう。
 確かに玲子の知っている教授は、自分でも言っている通り、お金をたくさん持っているわけでもない。ホステスごときが一生の相手として結婚相手に選ぶとすれば、金銭的にはあまりにも寂しいと言ってもいいかも知れない。
 かといって、教授としても別にその分野で有名というわけでもなく、普通の大学教授というところである。
 ビジュアル的にオンナにモテるというわけでもなく、教授という肩書がなければ、ただのしがない親父である。独身なので、年齢よりも若く見えるというくらいで、これと言ってモテる要素があるわけでもなかった。
――教授が言っている、仲良くなったというのはどの程度なのであろう?
 自分も教授と肉体関係はあるが、結婚を考えるほどのものではない。
 逆に考えると彼女の方が真面目に教授とのことを考えているのだとすれば、自分に彼女を誹謗することはできない。しかし、結婚を迫ってくる彼女に対して教授は、少しでも彼女との結婚について考えた様子は見受けられない。最初から何かを企んで自分に近づいたのだとしか思っていないようだ。
 では、何がそんなに彼女を教授に近づけたというのだろう。海千山千のホステスに、何ら得にならない結婚を考えるはずもない。
 結婚といえば、一生ものである。それなのに、どうしてそんなに結婚にこだわるというのか、その様子はまるで、
「誰でもいいから、早く結婚してしまいたい」
 と感じることであって、それは何かの既成事実として成立すればいいだけのことのように思えた。
 その後ろに何かの組織があるのだとすれば、教授はどうすればいいというのだろう?
 玲子はいろいろ考えてしまい、彼女の表情を垣間見ようと、少し身体を表に出すようにして部屋を覗き込んだ。
 すると、その女性とバッタリ目が合ってしまった。
――しまった――
 と思って、目を逸らしたが、すでに後の祭りである。
 彼女と目と目が合った時、彼女は確信的な表情をしていた。
――ひょっとして、私がいることを知っていたのでは?
 と感じたほどだったが、彼女の顔が瞼の裏に残像として残ったその顔は、実に恐ろしい表情だった、
 不気味に感じたのは、その顔が日本人離れしていたからだ、東南アジアかどこかからやってきた外人でなのだろうと思った。
 それを見た時、玲子はピンときた。
――そうか、就労ビザが切れたのか何かで不法滞在していることで、日本人と結婚して、不法滞在ではないようにしようという企みがあるのかも知れない――
 と気が付いた。
 教授はそれに利用されただけなのだろう。
 世の中には、お金でそういうことを請け負っている組織も昔からあるという。結婚してすぐに離婚してしまえば、それだけのことであり、教授にもお金が入ってくるということであろう。それを教授は土壇場で拒んだということではないだろうか。
 そこまで想像できると、今までのことがまるで見てきたことのように感じられる。リアルさは別にして、辻褄が合っているように思うのは、それだけ頭が回転しているからなのかも知れない。
 教授は、闇のサイトを研究するという趣味があった。その趣味は、誰にも知られていないもので、自分の研究とは実際には何の関係もない。しかし、元々こういう闇サイトを見るようになったのは、自分の研究の中で闇で売買されている学説がないかなどという根拠のない猜疑心から生まれたものだったが、闇サイトを見ているうちに、自分のことを誰かがディスっているのではないかという思いに駆られた。明らかに猜疑心の強さがもたらしたものだが、実際には、それほど名前が売れているわけでもないというのが不幸中の幸いだった。
 そのうちに、そんな変なサイトに顔を出していると、ここの学生、しかも女の子がキャバクラでアルバイトをしているという情報が書かれていた。誰なのかまでは当然分からないようにしてあったが、大学名のイニシャルと、地域の限定によって、大体のことは分かるというものだ。
 教授はそのサイトに吸い寄せられるように、思わずそのお店に行った。源氏名は分かっているので、その子を指名してみたが、相手は一瞬ビックリして後ずさりしかかったというが、教授の方の顔色が変わらなかったことで、教授が気付いていないということが分かったのだろう。
 一通りのサービスを受けて、教授は満足して帰途についたが、教授はもう一度足を運ぼうという気にはならなかった、自分は見覚えのない子ではあったが、相手が自分のことを知っていると思うと、何かがあった時、どちらが不利なのかは一目瞭然だからである。
 二度と行かないと思っていると、今度は彼女の方が、教授のところにやってきたのだ、
「教授……」
 扉をノックする音がしたので、
「どうぞ」
 と声をかけると、そう言いながら、扉の向こうには、恐縮するかのように、彼女が立ち竦んでいた。
 教授は声も出なかったが、
「とりあえず、中に入りなさい」
 と言って、応接セットに座らせた。
「どうしたんだい?」
 と聞くと、
「この間は、どうも失礼しました」
 と明らかにサービスのことを言っているのは分かっていたが、失礼しましたというのはどういうことだろう?
 へりくだるにもこれでは、当てつけに思えてきて、教授は身構えてしまった。
「いや、いいんだ」
 とまでは言ったが、それ以上の言葉が出てこない。
作品名:予知夢の正体 作家名:森本晃次