予知夢の正体
まったく正反対の考えを抱いているにも関わらず、自分の中でお花畑と言われると、まるでおだてられたかのように思えたことから、どちらにしても自分にとってはあまりいい意味ではないということは分かっていた。
だが、その頃から自分が控えめだと思うようになると、夢をたくさん見るようになった気がした。
「きっと自分のことが少しずつ分かってきた証拠なのかも知れない」
と思ったのだ。
ただ、控えめだということが予知夢に結び付いてくるのかということをよく分からなかった。
自分の中で予知夢というのは、
「自分のこれから起こることを夢に見る」
という感覚ではなかった。
どちらかというと、
「夢に見たことが現実になる」
という意味だったのだ、
言葉をひっくり返した解釈であるが、前者は積極的な考えで、後者は消極的な考えである。特に後者は現象という意味で、他人事のように感じられることでもあった。
さらにもう一ついうと、前者は、
「自分が大願を成就する力を持っていて、それを実現するために見るのが、予知夢である」
という考えで、逆に後者は、
「夢を見ることで、自分の大願が成就されるという意味で、夢を見ることがすべてであり、自分の力が及んでいるとすれば、夢の中の自分の成果である」
という考えだった。
玲子の考えは、明らかに後者である。
前者は積極性が夢によって実現させるための導きがあるというもので、後者は、夢にすべてを導かれることで、夢を見るということだけが力だという消極的な考え方であった。
実際に予知夢というものを見る人が他にもいると思うのだが、前者なのか、後者なのか分からない。考えられることとして、この二つが頭に浮かんだのだが、もし玲子が前者の性格であったとすれば、後者のことまで気がついたりしただろうか?
きっと気付くはずはないと思っている。あくまでも前者は猪突猛進。前者に行き着かなければ、後者もないのだ。
控えめというのは、消極的なせいで、ちょうどのタイミングを逃してしまうということを言われるかも知れないが、それに対しての事前の考えが頭の中にあり、決して暴走することはない。行き過ぎてしまって、後ろを振り向くこともできなくなってしまい、二進も三進もいかなくなる自分を想像もできない玲子だった。
玲子は自分が控えめな性格であることをよかったと思っているし、間違った仲間も作ってこなかったのは、控えめな性格が、慎重な性格を作り出し、決しておだてに乗ってしまうような愚かな人間ではないということを自覚するようになっていた。
そんな玲子が、この喫茶店でいかにも怪しげな会話をしている連中を無視できなかったのは、佐藤教授への想いが複雑だったからに違いない。
佐藤教授を恨むようになったのは、一週間くらい前だっただろうか。玲子はたまに教授の部屋を掃除するようになっていた。もう、その頃には二人は男女の仲になっていた。さすがに教授のマンションにまで押しかけることはなかったが、教授の研究室にはよく身の回りの世話をしようと、健気に通うようになっていた。教授の研究室には、ほとんど学生が来ることはないという話だったので、玲子の方も遊び感覚で来ることができて、気が楽だった。
玲子はここまで自分が健気だとは思っていなかった。潔癖症だというのも、思い込みの激しさに対してのもので、整理整頓などの物理的なものへの神経質さではなかった。不倫であるとか、浮気などということに対して潔癖なのであり、普通の恋愛であれば、別に何の問題もない。だから、教授とこのような関係になったことも、
「お互いに成人した大人の男女なんだから、別に問題ないんじゃない?」
と思っていた。
だが、まわりには決して知られないように心がけていた。事実として教授の講義を選択していて、単位の取得もまだの状態なので、知らない人が見れば、
「単位欲しさの行動」
と思われるかも知れない。
しかし、玲子の考え方としては、まったく逆で、
「もし、単位だけがほしいのであれば、一晩だけの付き合いだと割り切った関係になるはずなのにで、こんなに何度も足しげく通っているのは、健気な恋心からだと、普通は思うだろう」
と思っていた。
それなのに、誰にも言わないのは、自分の中で、どこか背徳な思いがあるのか、そんな自分の中にある矛盾した気持ちが、ジレンマとなって、ほころんでいたのかも知れない。
綻びは、自分でも分からないうちに嫉妬心を深めるものになっていたのではないだろうか。
特に思い込みの激しい玲子は、
「教授が他の女性と二人きりになるはずはない」
という思いがあった。
もし、そんなシチュエーションになったとしても、自分という者があるのだから、変な誘惑に流されるようなことはないという自信めいたものがあった。
だが、この自信はどこから来る、誰に対してのものなのだろう?
それを思うと、どこか揺らぐ気持ちを抑えることができない自分がいることに気付いていた。
あれは、教授の研究室で一人で掃除をしている時だった。教授からは合鍵を預かっていた。すぐに、教授はまずいと思ったのか、その合鍵を回収したので、今は持っていないが、教授にはそういうセキュリティ的なところで考えが根本的に甘いところがあった。
玲子の方も最初に合鍵を渡すと言われた時、
――そんなに簡単に合鍵を生徒に渡していいものだろうか?
と感じていた。
いやしくも、大学教授の研究室のカギである。そこには未発表の原稿だってあるはずである。
教授の中には、施錠されていて大丈夫だと思いながらも、本当に心配なものは、大型金庫を設置して、そこにしまい込んでいる人も多いだろう。教授の部屋にも金庫はあるのだろうが、それを果たして使っているのかどうか、合鍵を平気で渡して、しかも後になって慌てて回収するくらいなので、とてもセキュリティに厳しいとは思えない。
研究室の扉はオートロックになっていた。カギを開けて入ると、勝手に扉は閉まり、そのまま施錠される。したがって、カギさえ持っていれば、中に入ってしまうと、中に誰かがいるかどうかということは分からない。電気でもついていれば別であるが、電気を消して忍んでしまえば、分からないというものだ。
玲子はその時、たまたま窓際の掃除をしていた。教授の部屋は三階なので、表の通路を歩く人は見ていて分かった。こちらに歩いてくる姿の中に玲子は教授を見つけたのだが、その隣に一人の女性がくっつくように歩いていた。
さすがに、腕を組むまではなかったが、その様子はただならぬ雰囲気を醸し出していて、女性の方は、実に楽しそうな表情であるのに対して、教授は明らかに緊張していた。二人はそのまま研究室の建物に入ってくるのが分かったので、玲子はとりあえず、電気を消して、奥の部屋の忍んでいることにした。
本当はこのまま出ていこうかとも思ったのだが、このまま出ていくと、二人に鉢合わせをする可能性もある。それは自分が二人の関係を知らないということもあり、どんな表情をすればいいのか、最初から想像もできていないことが辛かったのだ。