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短編集107(過去作品)

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 佐和子と彼女がよく似ているという感覚が強いからだろうか。付き合っているうちに、性格の微妙な違いに気付き始めていた。最初はそれがどこにあるのか分からなかったが、佐和子の方がしっかりしていて、気が強そうである。
「私、言いたいことがあれば、ハッキリいうタイプなんです」
 お互いに意識して会うようになってから、最初に言われたことだった。そういえば、一番最初にすぐ名前を教えてくれたのも、その性格からであろう。
「分かっているよ」
 本当は佐和子の性格を知りもしないくせに、分かっているような口を利いたが、その言葉を聞いた時に含み笑いをした佐和子の表情を見逃さなかった。
「本当に分かっているのかしら?」
 と言いたげであったが、その表情はあえて口にしないことを訴えていた。
「お互いに暗黙の了解をたくさん持っているのよ」
 訴える目は、付き合っていた彼女に似ていた。しかし、目で訴えることはあっても、言葉で訴えることのなかった彼女には、心の余裕が感じられたが、佐和子には感じない。
 感じないからといって、何かを焦っている様子ではないが、どこか自分を表に出したくて、精神的に持て余しているところを感じるのだった。
――それが気の強さを演出しているのかも知れない――
 気が強いといっても、挑発的な表情ではなく、妖艶で大人の雰囲気を醸し出している。付き合っていた彼女に感じなかったわけではないが、それよりも気持ちの余裕の方が前面に出ていて、妖艶さは隠れていたのだ。
 逆に佐和子にも心の余裕を感じないわけではない。それを打ち消そうとするほどに大人の色香が漂っているのだった。
 佐和子と知り合うまでの達彦であったら、佐和子のように妖艶に誘うような表情を見せられればお互いの身体を貪っている淫靡な世界を思い浮かべ、吸い寄せられるように二人きりになることを望むだろう。だが、佐和子に対してはそこまではなかった。
 誘いに最初から乗ることに抵抗があった。妖艶さの中に、本当に自分を求めるものが感じられなかったからだ。
――佐和子は自分の後ろに誰かを見ているようだ――
 このイメージは最初に話をした時からあった。
 佐和子は饒舌であった。話題性もあり、会話は弾んだ。
――そろそろ会話を始めてから三十分くらいかな――
 と思って時計を見ると、二時間も過ぎていたということもあったくらいだ。それほど話術には魅了されるものがあった。
 佐和子の声のトーンにも理由がある。話をしていて心地よさを感じ、賑やかな喫茶店の中でも気がつけば他の人の声を気にすることもなく、静寂の世界が作り上げられた気分になっていた。
――きっと彼女の声は、会話に集中させられるような声なんだ――
 甘い声であることは間違いない。それほど大きな声を出しているわけではなく、表情がいつも何かを訴えているように見えるくせに、声だけはどこか控えめだ。何かに怯えているように見えなくもないほどに感じるのは、表情とのアンバランスを感じ始めてからであろう。
 初めて抱き合ったのは、知り合ってから数ヶ月、これは彼女と知り合ってから抱き合った時期とほぼ変わらないだろう。
 部屋に入ると、すでに気持ちは一つになっていた。お互いに身体を貪り、たまらず漏れてくる吐息に反応してしまう。男だったら誰でも同じ感覚になるのだろうが、そこは二人だけの世界、佐和子に必死にしがみついていた。
 どれくらいの間、貪っていただろう。気がつけばベッドに倒れこんでいた。達彦は自分の気持ちが自分の身体を離れ、湿気た空気の中でいつ終わるとも知れない抱擁を、まるで他人事のように見つめている自分を感じていた。
――彼女との時に、こんな感覚にはならなかったな――
 貪っている身体を感じているのに、妙に冷静な気分になる自分を感じたことはあったが、表から第三者のように見つめている自分がいるなど、分からなかった。きっと、冷静な自分は絶えずどこかにいたに違いない。
 身体の芯から熱いものがこみ上げ、一つになって、興奮が最高潮に達した時、
――このまま、離れられないのではないか――
 という不安めいたものを感じた。
 本来であればこの瞬間をずっと待ち望んでいたはずなのに、感じる不安は、冷静な自分が放心状態になって漂っている自分を戒めるためではないかとさえ思えた。
 戒めるといっても、戒められる根拠もない。一人の女に最高の満足を感じる時間に戒めがあるとすれば、自分の中の悪い虫が騒ぎ出しているのかも知れない。
――浮気の虫だろうか――
 彼女と一緒にいる時、他の女性がやたらと気になった時期があった。
 達彦は、誰か一人が決まれば、浮気など考えられないタイプだった。
――一緒にいるだけで満足なのに、どうして他の女性を意識しなければいけないんだ――
 あくまでも理屈だということは分かっている。だが、
――隣のバラは赤い――
 という言葉が頭をよぎり、達彦の中で、自分を信じられない気分にさせる何かを感じていた。
――決して自己嫌悪ではない――
 悪いことだという意識がないのだ。彼女のことを愛していればこそ、他の女性が綺麗に見えるだけで、ただそれだけのことなのだ。別に好きになるわけでもないし、好きになりそうな気分にもならない。
――浮気という言葉は、遠い世界の出来事なのだ――
 と自問自答していた。
 自分を戒めるとすれば、他には考えられない。しいて言えば、
――好事魔多し――
 ということではないだろうか。宙に浮きそうな快感に酔いしれているのだから、そんなことを考えるのはナンセンスである。せっかく自分の魅力で手に入れた快感は、報酬のようなものである。それを甘んじて受けていればいいものを、それこそ取り越し苦労というのではなかろうか。
「あなたは心配性なのよ」
 彼女からよく言われていた。何かにつけて言われていたので、そんな意識がなくとも、
――俺は心配性なんだ――
 という気持ちにさせられた。自己暗示である。
 自己暗示は、達彦だけではなかった。彼女もよく自分に掛けるという。お互いに共通点があまりなかった二人だが、しいて言えば自己暗示に掛けて自分をコントロールすることが多いという点が共通していたであろう。
「私、あなたを初めて見た時、懐かしさを感じたの」
 思わず、佐和子の顔を見た。その思いは佐和子の後ろに彼女を見ていた達彦の思いをまるで見透かしているようではないか。そんな感情を表に出さないようにさりげなく振舞っていなければならない。
「そうなのかい? それは嬉しいことだね」
 何が嬉しいのか佐和子には分からないという感覚である。何しろ本人にも分からないのだから当然であるが、嬉しいという言葉を口にした瞬間、本当に嬉しく思えてくるから不思議だった。
 それこそ自己暗示であろう。
 元々高校生の頃までは自己暗示に掛かりやすいと感じたことはなかった。
 あれは虫歯になって歯医者に通った時のことだった。歯医者に当たりはずれがあることを知ったのはその時で、
「これはあまりよくないので、神経を抜きましょう」
作品名:短編集107(過去作品) 作家名:森本晃次