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短編集107(過去作品)

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 と感じたからだ。描写もさることながら、その人の感情の変化なども序実に描かなければならない。しかも、読者をエロスの世界に引き込み、読み終えた時には、エロス以外の何かを感じ取らせるのが、官能小説だと思えてきた。
――俺には無理かも知れないな――
 何しろ経験がそれほど豊富ではない。男女に渦巻く人間感情は、他の人の本を読んだところで知れている。官能小説に限らず、小説はマネではいけないのだということは最初から感じていることだった。
 確かにパターンは限られているかも知れないが、その中に散りばめるエッセンスを厳選することは、作品を完成させる上で重要なことである。特に官能小説のパターンはある程度限られていることだろう。だからこそ難しいともいえる。
 だが、さすがにジャンルとしての官能小説を書くことには抵抗があった。官能小説に描けるような経験がないからである。いつも心のどこかで官能小説に描けるような経験ができないかということを感じながら小説のネタを探しているつもりだが、やはりエッセンスとしてのエロス以外には思い浮かぶものではなかった。
 以前に付き合っていた女性のことを思い出す。清楚な雰囲気が魅力で、それでいて、人当たりがよく、賑やかなことも好きな女性だった。どちらかというと、他の人は、
「彼女、結構賑やかなのが好きな性格なんだろうな」
 と思っている人が多いだろう。達彦も、自分が彼氏でなければ、きっとそう思ったに違いないと感じていた。
 人には二面性を持っているのがハッキリと分かる人がいる。彼女に対してもそう感じていた。
 二面性というのは、一人の人に二つの面を見せるということはあまりない。どちらかというと、相手によって性格を変える人が多いのではないか。少なくとも達彦のまわりにいる人はほとんどがそうだ。そういう意味では彼女は他の二面性を持った人とは違うかも知れない。
――いや、二面性を見せる相手は私だけに違いない――
 意味のない確信のようなものがあった。
 達彦の前では基本的には清楚な雰囲気だが、話し始めると賑やかだ。ある意味それが普通である。しかし、達彦以外の人に対しては明らかに態度が違う。清楚な雰囲気を見せる相手に対しては、賑やかな面を封印し、賑やかな面を見せる相手に対しては清楚な部分を封印している。
 それを知っているのは達彦だけだと思う。だからこそ彼女が二面性を持った女性だと思えるのだ。
――もし、彼女に二面性がなかったら、どうだっただろう――
 と感じたこともあったが、それよりも、
――他の人にも同じように二面性を見せていたら、どうだろう――
 と感じる方が多かった。
 もし二面性を見せていたら、付き合うこともなかったように思う。雰囲気的に別段特筆すべきところはないのだが、付き合い始めるにあたって、どこか気になるところがあったから付き合い始めたのだ。その時は分かっていたはずなのに、付き合い始めると忘れてしまった。彼女の二面性を発見しなければ、いつまで経っても、
――私は彼女のどこを好きになったのだろう――
 と考え続けたに違いない。
 もちろん、男女が付き合い始めたのだから、子供の恋愛ではない。男女の仲にもなった。何度目かのデートでお互いにお互いを求めたのだが、その時の気持ちをハッキリと思い出すことができない。
 しかし、
――心地よさが気持ちよさと一緒になるって感覚を味わってみたい――
 と感じたことだけは覚えている。そして、その感覚を味あわせてくれるのが彼女であるという確信もあったからだ。
 一緒に入ったホテルの中に漂った湿気は、それまでに感じたことのないものだった。
 女性との関係がなかったわけではない達彦だったが、本当に好きになったと感じて愛し合うのは彼女が初めてだったのだ。
 それまでの経験は大学時代で、相手を好きではなかったといえばウソになるが、真剣な気持ちではなかったのは、大学時代の恋愛という意識を自分で過剰に持っていたからかも知れない。
 相手もそうだったに違いない。その証拠に身体を重ねた相手とはすぐに別れることが多かった。
「やっぱりあなたとは恋愛感情にはなれないわ」
 と言って、一方的に離れていく。
――そんな殺生な――
 一瞬何が起こったのか分からずに、相手が去っていった後で、感じることだった。去られてしまうまで、自分の置かれた立場を理解できずに、
――そのうちに戻ってくるさ――
 と相手の言葉や態度を信用していなかった。要するに自分に都合よくしか考えていなかったのだ。
 大学時代はそれでよかったのかも知れない。一人になって、ものすごく落ち込んではいたが、そんな時に感じるまわりの優しさが心地よかった。本当に優しさなのかは分からないが、大学時代は都合よく考えられるおめでたい時期でもあるのだ。
 それが甘えであることは就職してから気付いた。
 卒業する時にとても不安だった。それまで甘い気持ちで学生生活を送ってきたのがわかっているからだ。自分で見たり経験したりしたことでないと信じない達彦らしいではないか。
 学生時代は、就職してからが、暗黒の時代にしか見えず、言い知れぬ恐怖に震えていた。もちろん、こんなことを誰にも話せるわけはない。恥ずかしいという気持ちもさることながら、それ以上に人に話すことで、自分の中で信念を疑い出すのではないかという思いがあったからだ。
 しかし、就職してしまえば、過去のことが薄っぺらいものに思えて仕方がない。
――就職して世の中の役に立つために、学生時代を過ごしているんだ――
 という感覚があったはずだ。それが就職してしまえば、まったく別世界にいるという感覚よりも、同じ世界の端の方に薄っぺらく張り付いているものに見えて仕方がない。
――成長したということでいいのだろうか――
 成長しているのであればそれでいいのだが、どこか釈然としない気持ちになることもあった。だから、学生時代に付き合った女性たちとも、その時は真剣な気持ちになっていたとしても、所詮遊び感覚だったように思えて仕方がない。
――そんな俺の気持ちを彼女たちは分かっていたのかな――
 真剣な気持ちの中に、どこか遊び感覚に見えるところがあって、それを彼女たちは敏感に察知していたとすれば、
「やっぱりあなたとは恋愛感情にはなれないわ」
 と言って去っていった気持ちも分からなくもない。そんな去り方をしたのだったら、彼女たちに未練などないだろう。前を向くことで達彦が不要になったのだから……。
 そして就職して最初に付き合った彼女の二面性を見た。もし、知り合ったのが大学時代であれば、彼女の二面性を発見することなどできなかったに違いない。
 二面性というのは誰にでもあるものだと達彦は思うようになっていた。それは彼女と付き合い始めてから感じたことで、元々達彦は自分にも二面性があることに気付いていて、学生時代はそれを無意識に隠そうとしていた。
作品名:短編集107(過去作品) 作家名:森本晃次