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短編集107(過去作品)

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恩返しの神通力



                恩返しの神通力


 世の中には似た人がどこかに三人はいると言われるらしいが、本当だろうか?
 同じ性別で、同じくらいの年齢で、しかも雰囲気からすべてが似ている人である。人種が違えば肌の色も髪の毛の色も違う。それなのに三人もいるというのは、信じられないような気がする。
 本当に似た人がいたとしても、その二人に会える確率というと、限りなくゼロに近いのではないだろうか。広い行動範囲の中で、まったく同じ時間に同じ場所で存在していなければならないのだ。一人であればまだしも、二人など偶然という言葉だけで片付けられるものではない。
――これは運命なんだ――
 と感じたとしても無理のないことだろう。
 ここに一人の男がいる。名前を足立達彦というが、彼はその女性の顔を見た瞬間、
――三人の中の一人だ――
 と感じたのだった。
 ちょうど先日会社の同僚と呑んだ時、世の中には似た人が三人はいるという話をしたばかりだった。
「そんな確率の低いことは信じられないな」
 と言ったのを思い出した。確かに確率的には限りなくゼロに近いがゼロではない。それは分かっているのだが、自分自身で見たことではないと信じない現実主義者の達彦には、ピンと来る話ではなかった。
「だけど興味はあるだろう?」
「そうだね。話としては面白いね。でも現実味を帯びてなきゃ、話も飛躍しないよ」
 と答えていたが、内心では違っていた。
 人には話していないが、達彦は想像を膨らませるのが好きである。趣味で小説を書いたりしているが、内容は奇妙な話だったりホラーが多い。完全に空想物語である。
 しかし、それをいかに自然に書くことができるかというのが一番の問題だった。逆にそれができれば、ひょっとしてプロへの道も開けるかも知れないと感じるほどだった。出版されているプロ作家の本の中には、空想物語であっても、何でもありという作品もある。
――俺にとっては邪道だな――
 素人のくせに大きな口を叩けるわけもないが、厳しい評論的立場を取ればルール違反にしか思えないのである。小説を好きで読んでいる人もそうだろう。ある程度、現実味がないと、読んでいてもピンと来ないので、読者を煙に巻くような作品は、この業界では嫌われるのかも知れない。
「それでも面白ければいいのさ」
 空想小説を好きなやつが話していたっけ。しかし、あくまでも少数派、素人であればいいという考えは一番危険で、素人ほど作品への見方がシビアな部分もある。理解できないところをごまかすことのできない人は、どこの世界にでもいるはずである。
 達彦はその部類だった。小説を書きながら、想像が先走ってしまって、時々暴走してしまう。それを何とか抑えようと思っているのだが、それが難しい。小説を書いていて一番苦痛に感じるところがそこであった。
 時間と空間の歪みなどを描きたいと思っていても、なかなか実感が湧かない。下手をすると想像が暴走してしまう、ジレンマのようなものを感じているうちに、
――時間や空間なんていうのはアイテムなんだ――
 あくまでもエッセンス、主題は別にあると思うようになった。
――主題は、人間の深層心理だ――
 一番描きにくいところではあるが、身近でもあるかも知れない。まずは自分の深層心理を描こうと考えるが、あらたまって考えると浮かんでこない。
 自分のことを考えるのは小さい頃から嫌いではなかった。自己顕示欲が強すぎると悩んだこともあった、目立ちたがり屋なのだ。
 目立っていないと自分の存在感を感じることができないと思い込んでいるのは、目立ちたいと思っているくせに、今まで自分が望んだような目立ち方、あるいは輪の中心に自らを置くということができなかった証拠である。
「その人の魅力は、自分の意志に関わらず内面から湧き出るものなんじゃないかな」
 とテレビの討論番組で、偉い先生が話していたが、まさしくその通り、偉い先生がどこまで偉いのかは分からないので、あまり先生の話を鵜呑みにすることはなかったが、その時だけは信じた。テレビに映った先生の顔が、実に落ち着いて見えたのが印象的だったのだ。
――確信があると、あそこまで落ち着いた表情になれるんだな――
 と感じたが、言葉への重みは、相手の表情を見ることで分かるのではないかと感じるようになったのもその時だった。
 確信を持った小説など書けない。
 ノンフィクションにはまったく興味がなかった。あくまでもすべて自分の中で創造しなければ我慢できない性格で、ゼロから築き上げることに魅力を感じる。だからこそ小説という創作に興味を持ったのだ。
 絵心があれば絵を描いていたかも知れない。しかし、遠近感や間隔の取り方など、きっとセンスが必要なのだろう。自分にはまったくないということは、小学生の頃に自覚した。文章を書くという小説にしても小学生の頃から自分にはセンスがないと思っていた。作文の時間が億劫だったのを覚えている。
 さすがに絵を描くことほど億劫ではなかったが、それでも苦手なことには変わりなかった。
――何かのきっかけがあればな――
 と思っていると、旅行先での遺跡の跡に、
「まほろばの世界に思いを寄せて」
 と書かれたポストがあった。
 そこは短歌を書いて入れるポストになっていて、数ヶ月に一度、審査が行われることになっているということだった。旅行者も大歓迎と書いてあったので、達彦も遊びで投稿した。
 すると、数ヶ月して佳作入選のはがきが届いた。賞は図書券であったが、嬉しかった。それから数年経つが、まだ図書券を使おうという気にもならない。同封の賞状は大切に額に飾って、部屋に架けている。
――今から思えば、大したこともないんだろうけどな――
 と感じるが、それ以降小説を書いて投稿しても佳作にすら入らないことを思えば、その時の感動が今さらのように思い出されてしまうのは皮肉なことだった。
――やっぱり空想小説は難しいのかな――
 好きな作家がいて、その作家の小説を読んでいれば、自分でも書けそうに思うのだった。だが実際に書いてみると、途中で、
――どこかが違う――
 と思ってくる。すると、何とか書き上げようという気持ちが強いせいか、最後はうやむやになってしまうのだが、
――空想小説なのだから、最後はボカすのも仕方のないことだ――
 と思ってしまう。それが気がかりであった。
 妥協していることになるからである。書き始めは、ある程度のストーリーを頭に描いて書き始めるくせに、書いているうちに脱線して、最後は辻褄合わせ、それでは納得のいく作品が書けるわけもなかった。
 しばらく自己嫌悪に陥っていた。
――俺はスランプなのかも知れないな――
 と思う気持ちと、
――スランプなんて言葉は、実力のある人が使う言葉さ――
 という戒めの自分とのジレンマに苦しんでいるからである。
 すると最近は、少しアブノーマルな世界に入り込んでしまった。
 エロスの世界を覗きたいという願望は以前からあったが、官能小説を読んでいるうちに、官能小説というものも立派な文学であることに気付いたのだ。
――これは誰にでも書くことのできるものじゃないな――
作品名:短編集107(過去作品) 作家名:森本晃次