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短編集107(過去作品)

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 と周りから諭されたものだった。だが、まわりに誰もいない時に何かを思い出そうという努力をしていなかったわけではない。それでも必死に耐えながら思い出そうとしていて、耐えることが記憶を取り戻す最善の方法だとまで思っていた時期があった。それでも最後は、
「無理をしてはいけない」
 という言葉に反応して、現実の世界へと引き戻されたように思った。きっとギリギリのところでの葛藤が自分をコントロールできなくなっていたのだろう。
 それにしても誰の声だったのだろう。自分の声でなかったことは間違いない。男の人の声だった。声に聞き覚えがあったように思えたが、誰なのかはまったく見当もつかない。
 街灯が照らす影が聡子の足元まで忍び寄っていた。影と男の人を交互に見ているためであろうか、顔がハッキリと見えてこない。
「……」
 何かをぶつぶつ唱えているように思えた。お経でもあるまいしと思ったが、
――変な人だわ――
 と思って、そのままその場所から立ち去りたい気分にさせられた。なぜなら、彼を見つめていると、広いはずの公園が狭く感じられ、二人の距離が一定であるのに変わりはないので、彼との距離が広がってくるような錯覚に陥っていた。
 暗所恐怖症であったが、閉所恐怖症もともなっているのではないかと思えるようになっていたのは、たくさんの人と一緒にいて、呼吸困難に陥ることを感じるからだった。
 例えば満員電車だったり、エレベーターの中だったりと、密室の中で人口密度が高いと呼吸困難に陥ってしまう、これを閉所恐怖症というのだと以前から知っていたが、暗所恐怖症である自分が狭いところにも意識が過敏になるなど、考えてもみなかった。
 狭いところが怖いのか、密室が怖いのか、それは分からない。だが、密室でなくとも、広く感じていたところが次第に狭く見えてくるようなら、密室と同じような効果を自分にもたらすのではないかと考える聡子だった。
――怖いわ――
 目の前の男性を見ていてそう感じた。逃げ出したい衝動に駆られているのは分かっていて、足が震えている。しかし、こわばっているはずの顔は笑顔に変わっていることに気付いていた。
 こわばっている笑顔にも関わらず、相手には余裕の表情に見えているのではないだろうか。自分では分からないはずの表情が見えているように思えたのは、さっきまで薄暗くて分からなかった彼の表情が見えないはずなのに想像できることで分かってきた。
 お互いに見えているか見えていないか分からないのに、同じようにこわばっているはずなのに、余裕の笑顔が見えている。自分の意志に反した表情であることに間違いはなく、相手の男性もそれを分かっているだろう。
 次第に安堵の気持ちがこみ上げてくる。それはお互いの表情を分かっていると思い込んでいる気持ちがもたらすものなのだろうが、同じように相手の男性にもそれを感じるのだ。
 聡子はブランコから腰を浮かせ、そのまま立ち上がると、ベンチに向ってゆっくりと歩き始めた。
「いつもここで座っているんですか?」
 同じ時間にこの道を通っている聡子が初めて見かけるのだから、いつもということはないように思えたが、
「そうですね、私はここにこうやっているのが好きなんですよ」
「いつもこのくらいの時間ですか?」
「ええ、そうですね」
 意外だった。一度も見たことがないはずなのに、どういうことなのだろう?
「どれくらいの時間ですか?」
「三十分くらいのこともあるし、一時間の時もあるし、でも、感じている時間はいつも一定なんです。席を立つ時に時計を見て、大体の時間を知るんですよ」
「じゃあ、その時々で心境が違うということですね」
「ええ、嫌な気持ちの時は、意外と時間は過ぎてくれないものです」
「それは私も一緒ですね。こうやってお話を聞いてみないと、他の人がどのように感じているかなど分かりませんものね」
 確かにそうである。
 気になっていることであっても、あまり人に聞けるような内容でないと、なかなか分からないものである。特に時間の感覚に関することなど、他人に聞いても、
「何を言っているんだ」
 と現実的に相手にされないのがオチではないだろうか。
 夜の公園、真っ暗な中の街灯、風が吹き抜ける中のベンチ、そこに佇む一人の男性・・・、
そんな条件が整わないと、なかなか話ができるものではない。
 この日、彼に出会ったというのは、運命的なことなのだろうか。聡子は最初から運命的なものを感じていたが、顔には出していない。相手の男性もすべてにクールで、自分の意見を自分から言うよりも、相手の話にしっかりとした意見をつけて返している程度である。むしろその方が聡子としては嬉しかった。
 その日はそれだけの会話で終わった。
 公園を離れて歩き始めて角を曲がる瞬間に振り返って公園のベンチを見たが、先ほど感じたよりもさらに遠く小さく彼の存在を見かけた。後姿にはさらなる哀愁が漂っていたのだ。
――男性ってあんな感じなのかしら――
 男の人と面と向って話をしたことのない聡子が、男性と話をしているという意識がなく、自然に会話ができる相手に思えてきた。顔がハッキリしているわけではなく、会話もそこそこだったのに、その根拠はどこから生まれるのか、サッパリ分からない。
――睨まれている感覚がないからだわ――
 すぐに気がついた。
 いつも男性の前に行くと、どこか怯えが先にあるのは、相手に絶えず睨まれているという感覚に陥るからだった。相手はそんな気持ちがあるのかまでは分からないが、相手もこちらの気持ちを探って話をしようと思っているはずである。それだけに真剣に見つめているのだろう。
 それを過敏に意識するのは、自分が思春期の真っ只中にいるからに違いない。
 もちろん、思春期であることはずっと意識していた。身体にそれなりの変化が現れているし、身体の変化を意識すればするほど、精神的に不安定さを感じ、どこかで身体の成長に精神が追いつけないことへの不安と苛立ちを絶えず感じていることを意識させられている。
 学校で放課後に放送されているクラシックの音楽に最近哀愁を感じるようになっていた。塾のない日は、必要もないのに学校にいる。別にクラブ活動をしているわけではないので、いつも図書館で本を読んでいるのだ。
 席は決まって窓際、西日が当たる場所を選んで座っている。
 眩しさに抵抗感はない。それよりも、影が伸びているのを時々見ている方がいい。伸びている影を見ていると、睡魔が襲ってきて、静かな図書館にちょっとした音でも反響するのだが、反響する音が煩わしいというよりも、却って睡魔を誘ったりする。聡子にとって図書館は、明るい時間帯の中でも一番自分を開放できる時間でもあるのだ。
 明るい時間帯の方がやはり落ち着いて物事を考えることができる。それを一番実感できるのが、学校の図書館であった。
 勉強は嫌いなわけではないが、時々塾に行くのが無性に嫌になることがある。人と競争するというよりも、自分の実力を試していると考える方が合理的な考えとして好きなはずなのに、時々、競争していることを感じてしまうのだ。
作品名:短編集107(過去作品) 作家名:森本晃次