短編集107(過去作品)
「ええ、そうなんですよ。私も作家の方と一度そのことについてお話がしたいとずっと思っていたんですが、同じもの下記でもどこか職種が違うのではないかって思えてきて、なかなかお話する機会もなかったんですよね」
「私もそうです。というよりも、なぜかルポライターの方と知り合うことがないんですよ。まるで磁石の同じ極同士が反発しあっているような感覚とでもいうんですか。でもこうしてお話していると、かなり共通点を感じますね。普段あまり会話をしない私がこれだけ喋るんですから、今まで考えていたことをすべて話しきってしまうのではないかと思うくらいです」
梨乃は言葉の端々で頷いている。もっともだと言わんばかりである。
――おや――
話をしていて楽しいと思う二人だったが、しばらく話をしていると、梨乃の方に少し疑問符が残っていた。
――この人は、私を本当に女性として見ているのかしら――
という思いである。
今までならそれほど気にならなかったはずなのに、相手が自分を女性として見てくれていないと感じると寂しさがこみ上げてくる。
――この人は私と決定的なところで違いがある人なんだ――
知り合ってすぐにそこまで感じるなど、今までにはなかった。
相手をそれだけ意識している証拠であろうが、梨乃もそろそろ三十歳、男性を真剣に見つめる年頃だと思っている。
結婚という二文字を意識しているのはもちろんだが、すべては運命的な出会いがなければ成立しないと思っている。適当なところで妥協するなど、梨乃には考えられなかった。
達也は梨乃よりも年下である。だが、梨乃よりもしっかりした考えを持っているように感じられた。贔屓目に見ているからかも知れないが。決して焦っているわけではない。
達也は梨乃に母親をイメージしているのかも知れない。
達也が作家になってイメージする光景には、どこか母親の面影が滲み出ていた。マザーコンプレックスとまではいかないはずなのに、意識しないようにしているのは、意識しすぎていることの裏返しかも知れない。
初めてイメージした田舎が、自分の生まれ育った田舎ではなく、子供の頃に母から聞かされたことのある風景を頭にい思い浮かべていたからに違いない。そのことを梨乃によって思い知らされた。
梨乃の方では、達也に父親のイメージを抱いていた。
お互いに異性の、それも一番慕っていたと思える人をイメージしている。
――すれ違いの人生を、今顧みようとしているんだ――
達也は梨乃を、梨乃は達也を思う。
結婚を意識しないことが自然な付き合いに繋がるに違いない。
想像することの深みをお互いに感じながら、滝を眺めている姿を後ろから見ている瞬間を思い浮かべる二人だった。
( 完 )
作品名:短編集107(過去作品) 作家名:森本晃次