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心理の共鳴

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――この男の神経質さは本当なのかも知れない。皮肉も通用しない堅物というイメージがあるな――
 と感じた。
「ところで福間さんは今回のこの騒動は何かの事件だとお考えですか?」
「事件なのかも知れませんが、事故なのかも知れないとも思うんですよ。まずどうして皆が苦しみ出したのか、その理由が分からないと、話は進展しないと思うんですよね」
「なるほど、福間さんはこの件について、何かお考えでしょうか?」
「そうですね、何とも言えませんね。あの時のことを思い出そうとしても、何かうっすらと雲がかかったかのようにあの時の記憶が曖昧なんですよ。それは私だけではないような気がします」
「そうですか」
 と言って門倉刑事は少し考えたようだが、またすぐに質問を続けた。
「じゃあ、何か気付かれた点はありませんでしたか?」
 と質問したが、それは少し考えてみたが、これ以上の質問がなかったことで、最後の補足の質問を繰り出してきたということであろう。
「いや、私の中ではありませんでした。あの時、吐き気を催すような感じで、最初に頭痛と呼吸困難が襲ってきたような気がします。呼吸困難が頭痛を誘発したのか、頭痛がするので呼吸困難に陥ったのかはよく分からないんですが、急に鼻が通った時間があったんですよ。その時には私の鼻の感覚がマヒしていたかどうか分かりませんが、先ほどの質問のような臭いは感じませんでした。しいていえば頭痛がしたことで、アンモニアのような臭いがしたのは感じましたが、これは頭痛がする時、今までにも何度かあったことです。だから私は無臭だったと申し気たんですよ」
 と、またさっきの異臭の話に戻ってきた。
 これは、福間という男が異臭について先ほどの話だけでは説明不足だったということに途中で気付いたからなのか、それとも話の流れで必然的にもう一度念を押すことになったのか、そこまでは門倉刑事には分からなかったが、この話はもう一度他の人に話しを聴く時、徹底した方がいいのではないかと思った。
「いやあ、なかなか興味深いお話をありがとうございました。ところで、福間さんは性格的には神経質なところがあると、他の方から伺ったのですが、そのあたりはいかがでしょう?」
 と本当は、詳しい話を聞いたわけではなく、事件のあと、他の関係者が軽く会話をしている中でウワサのように聞こえてきただけのことで、尋問による回答ではなかった。
 その時、他の話も伝え聞こえてきたのだが、どうも、神経質な性格に話が至ったのは、福間氏の彼女というのが、どうも他の男性と付き合っているようなウワサがあることから、福間氏の性格を言及していたというのが流れだったようだ。
 ただ、これもその人の話の前置きで、
「これはあくまでも信憑性のないウワサでしかないんだけどね」
 という程度のものだったことで、実際にまだ誰とも面識がない間でのウワサだったので、門倉刑事も頭の片隅に置いていただけだった。
 この話を鵜呑みにして思い込みでの事情聴取は危険だということも分かっていたので、なるべく思い出さないようにしていたが、実際に話をしてみて神経質なところは、もしウワサを聞いていなくても、すぐに分かったということを考えれば、あの時の話もまんざら信憑性のないウワサとして片づけられるものではないような気がしてきたのだ。
 だから、聞いてみたくなったわけで、実際に聴いたわけではなく、ウワサだったというのは、そういうことだったのだ。
「まあ、皆さんも僕のことをよく分かってくれているということでしょうね。私は分かりやすい性格だと言われますし、自分でもそう思います。だから門倉さんも、ウワサなどを聴かずとも、こうやって面と向かって話をしていれば、すぐに分かったことではありませんか?」
 と言われた。
「まさにその通りですね。私もそう思いましたいい悪いは別にして、福間さんとは普通にお話をしていたいという感じですよ」
 と門倉刑事は答えたが、この場合は皮肉というよりも本心であった。それを福間氏はどのように解釈したであろうか、少し気になるところであった。
 門倉刑事もとりあえずの聴取としてはこの程度でいいだろうと思った。他にも聴取しないといけない人もいることだし、
「それでは、今日のところはこのあたりでいいでしょう。またお話をお伺いすることもあるかも知れませんので、その時はよろしくお願いします」
「いいえ、こちらこそです。ご参考になれば幸いです」
 という社交辞令の挨拶を終え、二人は別れた。
 これと言って重要な話が聞けたわけではなかったが、福間氏という人間の性格的なものは分かった気がした。
 しかし、この事件は何か不思議な気がした。謎は深いのに、誰かが殺されたとか、命に別条があると言ったような話ではない。かと言って、事故という雰囲気ではない。事故であったならば、もう少し科学的な発見があってもよさそうだった。少なくとも原因が複数考えられる中で、どれが原因なのか、選択するというイメージであろう。だが、今回の事件では原因らしいものがまったく想像がつかない。科学班からも、新たな発見がなされたわけではない。しいて言えば、
「まだ何も発見されておりません」
 という報告が、今のところの事実というわけだ。
 事実はあっても、真実が分からない、何しろ分からないということが事実だというだけだからである。
 門倉刑事が次に話を聞いてみたいと思ったのは、加倉井裕子だった。
 彼女は事件の時、表のスタッフルームで、機械を操作している後ろに座っていた。表には出てきていないのだが、このラジオの裏方スタッフの長のような立場である。
 部屋に行ってみると、加倉井裕子は門倉刑事を見て一瞬驚いたようだったが、気にしなければ気が付かないほどのリアクションに、さほどの驚きを感じなかった門倉だった。
「加倉井裕子さんですね? 私は門倉と言います。少しお話よろしいでしょうか?」
 というと、裕子は表情を変えることもなく、
「ええ」
 と答えた。
 果たして彼女がこの事情聴取をウザいと思っているのかどうなのか? その表情から計り知ることはできなかった。
――これは少し骨が折れる相手かも知れないな――
 と門倉刑事は考えたが、逆にいえば、話を聞き出せなくて元々、聞き出すことができれば御の字ということでもある。
「さっそくですが、加倉井さんはこのラジオ放送の中では、裏方スタッフのような感じだと思っていいのでしょうか?」
 と聞くと、何にカチンときたのか、少し怪訝な表情になった裕子だったが、すぐに無表情に戻り、
「ええ、そうですね。私は構成や台本を書いたりしています。オーケストラでいえば、コンダクターのような立場ですね」
 と言った。
 これは、自分が要であり、自分がいなければこのラジオは成立しないという自負によるものに感じた。最初に見せた怪訝な表情は、
「裏方」
 という言葉に反応したのかも知れない。
 そう思うと、この女性はかなりのプライドの高さを持っている女性だと言えそうだ。
「自分は他の人とは違う」
 という考えを心の奥に持っていて、本人が隠そうとしているのかどうかは分からないが、見る人が見れば、その心境は明らかである。
作品名:心理の共鳴 作家名:森本晃次