心理の共鳴
と言って、ちょうどすぐ横で聞いた今の言葉を訝し気に聴いて、
「何も聞こえないが」
と呟いたのを、遠くの方から声がしているかのような感覚で、福間は聴いていた。
「とにかく、助けを呼ばないと」
と言って、福間が非常ベルのプラスチックの蓋を指で思い切り押すと、やはり遠くの方で非常ベルの音が鳴り響いているかのようだった。
すると、今まで呻くように苦しんでいた連中が急に、
「うわっ」
という叫び声を出して、それまで動かせなかったはずの身体が急に動くようになり、我先にとその場から立ち去ろうとしていた。
教授はそれほどの苦しみはなかったので、自分が誘導して皆を表に出していたが、最後に表に出た福間が何を間違えたのか、表から扉を閉めてしまった。
すると、それまで何ともなかった教授が苦しみ出した。我に返った福間は教授が苦しむのを見て扉を開けようとするが、扉はオートロックになっていて、中からしか開けることができなかった。
教授は苦しそうにのた打ち回っている。何とかしなければいけないと思い中らもどうすてこともできない。そのうちに、教授は苦しんでいたが、しばらくすると、動かなくなった。扉の鍵がもたらされた時には教授は微動だにしていなかったので、ビックリして皆が教授に駆け寄ったが、
「大丈夫だ。気絶しているだけだ」
と一人がいうと、皆ホッとした様子で安堵していた。
救急車の手配はすぐに行われ、警察にも連絡されることになった。
この放送室の怪現象は、結構時間が経っていたと思ったが、実際には数十分程度のもので、手配した救急車や警察の到着の方が長く感じられたほどだった。
救急車が到着してすぐに教授は病院に運ばれたが、それからすぐにやってきた警察に、我々は事情を聴かれることになるが、当然のごとく口裏を合わせる時間などなかった。もっとも口裏を合わせようにも事実しか誰も認識していないので、何が真実なのか分からない、そういう意味でも口裏合わせの意味は最初からなかったと言ってもいいだろう。
こうして、何が起こったのか分からないまま、これが放送室の怪異だとして書き綴るしかなかったのだ。
科学の知識
少ししてから警察が到着し、それぞれに事情聴取の時間が設けられた。ただ、人によってはまだ少し呼吸困難の症状が残っているので、その人たちは安全のため、病院で治療を受けてからの聴取ということになったが、今のところ苦しくなかったということと、最初にこの部屋にいたということで、福間ともう一人の友達は順番に聴取を受けた。
最初に受けたのは友達の方で、その次が福間だった。
「福間恵三さんですね? こちらは、門倉刑事と言われる今回の事件を担当する刑事さんだ。ご質問があるようなので、捜査にご協力をお願いいたします」
と言って、制服警官が説明した。
「はい、私は福間恵三です。よろしくお願いします」
と頭を下げると。
「さっそくですが、先ほどの方にも聞いたんですが、最初から何かが起こるというような雰囲気はなかったんですよね?」
と門倉と呼ばれた刑事に質問されると、
「ええ、ありませんでした。ただ私が閉所恐怖症なところがあったので、彼が気を掛けてくれたいたんですが、私の方は大丈夫だったんです。でもそのうちに彼が気持ち悪いと言ったんです。それは一瞬のことだったと思いました。急に苦しみ出して床に倒れたんです。それを見て、表のスタッフルームで掃除をしていた連中が助けようと入ってきてくれたんですが、彼らも気持ち悪くなったようで、同じような感じでした」
というと、
「福間さんはどうだったんですか? 苦しくはなかったんですか?」
「ええ、それほどは感じませんでした。そのうちに誰かが、何かの音がすると言い出したんです。その音の正体は分かりません、私には聞こえなかった気がするんです。するとそこに山下教授が入ってきて、教授も同じように大丈夫かと声を掛けていて、これは大変なことが起こったと思って、人を呼ぶために、非常ベルを鳴らしました。するとさらに皆がそれまで以上に苦しみ出したんです。ただ、その時の教授は、変な音は聞こえていないと言っていたんですけどね」
「臭いとかはどうですか?」
「私にはわかりませんでしたが、もし臭かったとしても、ひょっとすると、苦しみから息をたくさん吸おうとしている状態で無理に息を吸い込もうとすると、臭いがなくても嫌な臭いを感じてしまうことになるんじゃないでしょうか?」
と、福間は答えた。
「ということは、無臭だった可能性もあるということですね」
「ええ、臭いはあまり感じませんでした。硫黄のような臭いがすれば、何かの毒ガスのような気もするんですが、何しろラジオの放送ブースという、いわゆる防音設備の整った完全な密室ですからね、そんなところで毒ガスのようなものを巻いたら、今頃皆あの世行きですよ」
「それもそうですね。確かにあの部屋は密室に違いなかったですが、では何か普段と違ったことに気付きませんでしたか? 普段はないものが置かれているとか、あるいは、誰かがいたとか」
「それもなかったですね。私は結構神経質な方なので、明らかに普段と違えば気が付きます。それに私が神経質なことを皆知ってくれているおかげか、皆小綺麗に使ってくれているんです。ありがたいものですよ。だから、あまり余計なものもないし、普段同じところにあるものしか、よほどのことがない限り置いていません。第一そんなものが最初から会ったら、私が指摘していると思います」
と、福間は言った。
なるほど、話を聞いているうちに急に逆上してきたようにも見え、神経質というよりも、自分に酔うタイプなのかも知れないと、門倉刑事は感じた。きっとまわりの連中も厄介者を相手にしているというつもりでいるのかも知れない。
「それにしても、歴史サークルでラジオの配信とは、これは面白いことをしていますね」
と言って話題を逸らすと、さっそく福間が食いついてきた。
「ええ、これは私のアイデアなんですが、せっかく歴史を勉強しているんだから、歴史がどれほど面白いものなのかを配信できたらいいなと思ってですね。実は昔から放送ということには憧れがあったんですが、中学時代の放送部がどうにも好きになれなかったのと、自分があまり人前で話すのが苦手だということがあったので、断念しました。でも、大学に入って結構オープンな雰囲気があるのと、今は誰もが気楽にネット配信ができるじゃないですか。どうせやるなら、昔やりたかったラジオの配信ができればいいなと思いましてね。デジタルとアナログの融合というのもいいんじゃないかと思ったわけです」
と、自慢げに話した。
自慢しながら話していると、まるで別人のようだ。普通に話していると、まず保身が最初にあるからなのか、相手が刑事だということで身構えてしまい。何も言えなくなってしまうかのように見えていたのに、自分の得意分野になると、それまでの受け身がまったく消えて、攻撃的になる。