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心理の共鳴

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 と言って、他の先生や研究員からLINEの申し込みがあっても、
「私ガラケーですよ。そもそもLINEって、なんですか?」
 という始末だった。
 ガラケーであっても、メールを何とか簡単な報告程度に打てるだけで、それ以外の使い道も知らず、ほとんどがケイタイもさわることがなかった。
 ガラケーに比べれば、どれほどスマホが便利であるか、そのことを知ろうともしないのだ。
 そうやって考えてくると、教授がどれほど単純な性格なのか分かるような気がしてくるではないか。
 確かに歴史研究の第一人者としては誰もが認めるのだが、それは、教授が歴史に対して愛を持って自分で必死に勉強したからだ。しかし、その熱意があまりにも興味のあることにだけ注がれるので、それ以外のことは眼中にないと言ってもいい、まるで、
「路傍の石」
 のごとく、目の前にあっても、その存在を意識することすらない。
 パソコンにしても、スマホにしても、LINEにしても、覚えるの緒が面倒くさいのだ。もっというと、
「そんな時間があるなら、もっと歴史を研究する時間を持ちたい」
 と思っている。
 歴史の研究を放っておいて、別に興味もないようなことを覚える時間を使うことが、自分で許せないと言ってもいい。
 この考え方は、
「ものぐさ」
 と言ってもいいのだろうか。
「食わず嫌い」
 という言葉があるが、まわりの人は十人が十人までもそう思っていることだろう。
 教授は自分が、自分の専門分野以外は苦手だという意識があったからなのだろうか、ラジオ関係で、一応、監修のような形を取っているが、ほとんど何もやることはなかった。歴史的な話のネタを探してくることや、その内容を吟味する時には参加もするが、それ以外はほとんどしない。
「教授にももう少し参加してほしいな」
 と思っているのは綾乃だけで、他のメンバーは、
「教授はアドバイザーとしていてくれるだけで、それだけでいい。言い方は悪いけど、邪魔になるよりも、何もしないでいてくれた方がいい」
 と思っていた。
 綾乃は、どちらからというと、あまりまわりのことを分かる方ではなく、苦手な方だった。天真爛漫というか、楽天的なところがあり、教授に対しては尊敬の念が強すぎるという面も手伝ってか、短所がほとんど見えていなかった。
「短所と長所は紙一重」
 という言葉があるからなのか、長所だけを見ていると、短所が見えてこないようだ。
 ただ、紙一重でありながら、裏返しという意味もあり、
「違う次元で同じ場所にある」
 と考えると、なかなか両方を意識するのは難しい。
 ただし人間は、別の時間には一人の人間の別の次元を見ることができるようで、そのことで、その人の長所と短所を別々に把握できるものであるようだ。そう思うと、綾乃には、教授のことが分かり切れている理由は、他の人には見えても、綾乃自身で自覚することはできないのではないだろうか。自分の姿を鏡を通して見なければ見ることができないように、綾乃はこの場合の鏡という相手もを持ち合わせていないのかも知れない。
 人の裏表が見えないというのは、明らかにその人にとっての損なことなのだろうが、今のところ、そのことで損をしたことはない。今後どうなるか分からないが、綾乃を知っている人が見ると、
「彼女は、今のままでいい」
 と感じていることだろう。
 それが彼女の性格であり、自分が彼女と仲良くしている一番の理由がそこにあると思っているからだ。
 裏表というのは、誰にでもあるもので、綾乃も自分の中にあるはずである。人のものが見えないということは、綾乃も自分の裏面も分かっていないということであり、これは本当にそれでいいのかどうか、考えさせられるというものだ。
 だが教授に対しては、裏表を感じるわけではなく、何か一つの世界だけではなく、いくつかの世界観を持っているように感じられた。そこが綾乃が教授を気に入った理由でもあるし、教授も綾乃を可愛がっている理由でもある。
 綾乃は、父親を小学生の時に亡くしていた。年齢的にも父親と近いと思っている教授に自分の父親を見ているのかも知れない。
「私のお父さんだったら、好き嫌いがハッキリしていて、自分の隙でもないことを一生懸命にはできないんだろう。それだけ好きなことだけに集中したいのだろう」
 と思っていた。
 そもそも大学教授というのは、大なり小なり、そういうところがあると思う。
 大学は完全に大きな総合研究所のようなところで、教授たちの世界では、自分の研究をまっとうし、社会に貢献する結果を残すことこそが、正義であり、意義なのだと思えるからだ。
 そういう意味で、山下教授は、十分に社会にも貢献しているし、大学というところの、
「正義」
 を貫いていると言えるだろう。
 教授の中には、山下教授よりももっと露骨に自分のことだけしか考えていないと思える人もいる。とても尊敬に値しないと思えるような教授だったが、案の定、後になって不正が発覚したか何かで、学会を追われることになるのだが、その時はまだ誰もそのことに気付いていなかった。
「何か胡散臭い教授だな」
 と思っている人は少なくなかっただろうが、学会を追われたという話を聞いた時、
「やっぱりな」
 と思った人もいれば、
「青天の霹靂だ」
 と言って、まさかと思った人もいただろう。
 両極端ではあるがそれだけ大学教授という人種は、そばにいながら結構な距離感を感じさせる存在なのかも知れない。
 そんなある日、山下教授が面白い話をしていたことがあった。あれは者かいの時だろうか、ラジオの話になった時だったような気がする。
「皆は、モスキート音という言葉を聞いたことがあるかね?」
 と言われて、その場に参加した十人くらいの人のうち、八割くらいの人が手を挙げた。
「じゃあ、どういうことだが、ご存じであろうか?」
 と聞かれると、数人が顔を見合わせて、一人が代表で答えた。
「確か、超高周波のようなものだったと思います。確か『蚊』が飛ぶ音のことだったような気がするんですが」
 というと、
「ああ、その通りだよ。私も最近、初めてその名前を聞いたので、どういうことかってネットで調べてみたんだよ。すると、そこで私は自分が聞き違いをしていることに気が付いたんだ」
「というと?」
「モスキート音というのが、音に関係していることだというのは、その言葉を聞いた時に分かっていたんだけど、音だから、耳で聞いた時咄嗟に出てきた言葉は、『モスキートーン』だったんだ」
 というと、
「どこが違うんですか?」
 と皆、不思議そうな顔で聞いてきた。
「ん? 若干、アクセントが違って聞こえてくるだろう?」
 と、まわりもひょっとすると、自分と同じ聞き違いをしていて、今でも聞き違いを正しいと思い込んでいる人がいるのではないかと思った。
 それを見て、教授は話を続けた。
「要するに。『もスキー』で切って、『トーン』で締めるというように聞こえていたんだよね」
 というと、
「え、そうじゃないんですか?」
 と、やはり教授が想像していた通りの人もいた。
作品名:心理の共鳴 作家名:森本晃次