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心理の共鳴

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「教授もああいってくれているので、君に対して被害届が出されるということはない。後は事実を正直に警察署で話してもらって、それからになるが、それでいいね?」
 というと、彼は観念したかのように頷くだけだった。
 これだけ大人しくなったのも、教授の今回の演出のおかげなのかも知れないと門倉は思うと、少し安心したかのようになった。
 二人はそのままでロビーを通り出口までいくと、駐車場の車に向かっていた。そしてその姿を一人、誰か見つめている人がいた。
 その人は教授ではない。教授は今病室で仰向けに横になって、何も言わずに天井を見つめていた。すると、二人を玄関の自動ドアから抜けるのを見送ったその人は踵を返して病室に戻ってきて、教授の病室をノックした。
「はい」
 という教授の声が病室から聞こえてくる。
「失礼します」
 その声は女性だった。
 勘の鋭い読者諸君はそれが誰であるが、とっくに気付いているかも知れないが、果たしてそこにいたのは部員の一人である綾乃だった。これは先日と同じシチュエーションを見ているようであり、中に門倉刑事と福間氏がいるのを最初から分かっていたのか、二人を見送った時も、不安の色はまったくなかった。
 それはまるで最初から中でどんな会話が繰り広げられていたのかということも分かっていたかのような素振りに見えた。
「二人は、行ったかね?」
 と教授に言われて、
「ええ」
 と短く答えた綾乃だった。
 この事件で綾乃が演じた役割に関してはこれまで実に微妙であった。しかし、それなのに、病室で二度も同じようなシチュエーションを見せているというのは謎である。俄然浮かび上がってきた存在感を浮き彫りにしているようで、その奥にもう少し謎が潜んでいるのは間違いないようだ。
「それにしても、福間君もおかしな男だ。バカな男と言ってもいいかも知れない」
 と教授がいうと、苦笑いをしながら、綾乃も頷いていた。
「私が、説得しなければ、彼はずっと黙り通しているつもりだったのだろうか? あんな海外の企業にコロッと騙されるなんて、私が見れば、愚の骨頂でしかないよ」
 とさらに教授が続けた。
「でも、よく教授はご存じでしたね?」
 と綾乃が聞くと、
「私は教授という職業柄、納得がいくまで調べてみるからね。中途半端にしか調べずに、副作用などないという製作した会社のいうことを鵜呑みにするようなことは絶対にしないよ」
「じゃあ、あの彼が使ったモスキートーンというのは、何かまずいことが起きるんですか?」
「ネットでもっと調べてみれば、胡散臭いことは分かったはずなのに、どうしてあれを使ったのか私には理解に苦しむ」
「でも、あの時、教授には気の毒に思われますが、教授が入院しなければ、本当に何もないまま終わっていましたよね。下手をすると、もっとひどいことになったかも知れません」
「ああ、彼が味をしめないとも限らないからね。それを思うと恐ろしいんだ」
「ええ、だから、僕は門倉刑事を信頼したんだよ。なるべく犯人である福間君が一番傷つかずに、いかに次の犯罪を防ぐかということを考えると、さっきのような方法しかないと思ってね」
「でも、彼のような性格だったら、教授のことを逆恨みしませんか?」
「どうなんだろう? だけど、彼が私と君とのことを勘違いしたままにしないためには、こういう方法を取るしかないと思ったんだ。私はあくまでも彼を今回の犯人として告発するだけで、君とのことを動機として追求したわけではない。もしこの動機が強いほど、彼の立場は危うくなってしまうので、これも彼の罪をなるべく軽くしてあげようと思う私の気遣いなんだ」
 と教授がいうと、
「ええ、分かっています。だから私も教授の計画に協力したんですよ」
 と、綾乃が言った。
 この会話には何か違和感がある。
 綾乃が協力したというのは誰に協力したというのだろう。教授の作戦に協力したということであろうか? それにしては綾乃が表に出ることはなかった。
「私は君を守らないといけないと思っているので、君をなるべく表舞台に出さないように考えている。だけど、こんな風に入院してしまうと、私は身動きが取れないので、なかなかうまくいかない。そういう意味で君に裏でいろいろ探ってもらうことを選択したわけだが、君には気の毒なことをしたと思っている」
 と教授がいうと、
「そんなことはありません。教授の気持ちは分かっているつもりです。教授は福間さんに対してというよりも、私のことを気遣って接してくださったんですよね? 今回の病室で福間さんを呼んで、門倉刑事に事件のあらましを示して、それで福間さんを連行させるというやり方ですね」
 という綾乃に対して、
「少し悩んだんだが、こうでもしないといけないと感じたんだ。そういう意味ではこの作戦は苦肉の策だったと言えるのではないだろうか?」
 教授はそういうと、頭を下げて、考え込んでいるようだった。
「それも私のためだと思うと、本当に教授がお気の毒な感じがします。一歩間違えれば、教授一人が悪者になってしまうかも知れない状況だったのに、それを企んだ福間さんを助けようとしてくださっているのを思うと、気の毒で仕方がないという思いでいっぱいなんです」
 綾乃は、終始教授に悪いと思っているようだ。
 綾乃は教授を包み込むような顔になった。綾乃が教授を慕っているのは、教授も分かっているのだが、その中に、
「女として」
 という覚悟があることに気付いていないのだろう。
 綾乃の中には、教授と一緒にいない時、妄想している時の方が実は教授のことをずっと思っていたが、一緒にいる時になると、なぜかその思いが冷めていた。それは教授に対してだけではなく、誰に対しても同じだった。
 そのことを最近気付き始めて、自分のその思いが本当なのか、誰かで試したくなった。その白羽の矢が当たったのが、福間恵三であった。
 福間はそれまであまり綾乃のことを意識していなかったのに、綾乃の方が急に迫ってくるようになったことで、自分もその気になってしまった。そして何よりも、
「この女から愛されている」
 という気持ちが強くなり、そんな自分を、まるで彼女の主君のように感じるようになった。
 つまりは、彼女はまるで自分の奴隷であり、すべてにおいて従ってくれるという思いであった。
 しかし、実際にはそうではなく、自分がただの実験台だということに気付かずに、そのうち彼女と教授の不倫のウワサを聞いてしまったことで、彼はおかしくなってしまったのだ。
 そんな彼はある意味被害者なのかも知れない。しかし、身勝手な行動は許されるものではないんだが、やはりそれでも被害者であろう。小心者の福間を誘惑し、自分の実験台にしようと考えた綾乃こそ、本当の恐ろしさを持った人間ではないだろうか。天真爛漫に見えた性格は、天真爛漫ではなく、本当に、
「まわりが自分のために生きている」
 という妄想を抱くほどになっていた。
 綾乃はいつしか、この計画を知った。そして、福間がいつこの計画を実行するのかを待っていると、綾乃には自分なりの計画があった。
 教授を被害者に仕立ててしまおうという計画だった。
 それには彼が用意した音の存在は都合がよかった、
作品名:心理の共鳴 作家名:森本晃次