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心理の共鳴

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 目の前にいるのは閻魔大王であろうか。その後ろに見えるのは、血の池地獄が針の山なのか、どちらにしても地獄からは逃れられないという顔だった。
 門倉は一つ不思議に感じていた。
――今回のこの演出は、何なのだろう?
 教授が用意したこの席、何の意味があるというのか、もし事件のことを知っているとすれば、こっそりと門倉に教えればいいだけのこと。何も福間氏を針の筵に座らせて、公開処刑のようなマネをする必要はないだろう。
 確かにこれで警察に捕まるということはないかも知れない。拘留はされても、起訴はないだろう。あくまでも状況証拠だけなところが難しい。証拠不自由分での釈放になることだろう。
 薬品購入もネットでの購入なので、届ける場所を自宅以外にしておけば、実際に使ったと思われる「モスキートーン」の購入事実も証明できない。そうなると、証拠不自由分での釈放になるだろう。
 しかし、こんな形で教授が学生を警察に売ったということになると、教授の立場は難しくなるのではないか。この時は神妙にお縄についたとしても、そのうちほとぼりが冷めてくると、教授は福間氏の仇として、恨みの対象になるかも知れない。
 そもそも、こんな陳腐な犯罪を犯すほどの小心者。今度は何を考えるか分からない。小心者と言っても、一度は実際に犯罪を犯しているのだから、次はどんな心境でくるか分からない。そうなると、教授の身が危険に晒されることになるのではないだろうか。
 教授がそこまで考えていないとは思えない。そう思うと教授は何のためにこのような場を設けたというのだろう?
 教授はそれ以上は何も言わなかった。もちろん、福間氏も何も言わない。凍り付いてしまったこの場面で門倉はどうすればいいのか少し考えていたが、さすがに何かを言わなければいけないと感じた。
「福間君、この教授の言ったことは、細かいところは別にして、概ね間違いないということでいいのかね?」
 と今度は福間に訊ねてみた。
「ええ、概ねはそれで合っています。僕がこの計画を思いついたのも、教授がモスキート音とモスキートーンを聞き間違えたという話を聞いて実際にネットで探してみたんです。すると試しにモスキートーンで調べてみると、何やら裏サイトのようなものがあって、それを見ているうちに計画を立てました」
 と福間は言った。
「でもよくこのサイトから購入できたね?」
「ええ、元々モスキートーンだけではほとんど効果がないんです。他に音を噛ませることでその効果を発揮させるこtができるんですが、このモスキートーンに対しては、普通のモスキート音を重ねることで、今回のような事故を起こすことができるということでした。しかも、二つを重ねると、次第に音が消えていくようで、少しの間頭痛や吐き気を催すけど、すぐに慣れてきて収まってくるということだったんですね。モスキートーンもモスキート音と同じで、年齢が増していくと聞こえなくなるという特徴があって、だから、何か分からないけど、ちょっとの間苦しむというだけのはずだったんです。だからまさか、教授が倒れて、救急車で運ばれ、警察まで出動してくるという騒ぎになるなど思ってもいなかったんですよ」
 と言った。
「でも、教授が倒れなくても、これだけ大変な事態になれば、警察を呼ぶことだってあっただろう?」
「その時は、皆にモスキート音の話をしようと思っていました。中には他の音に共鳴すると、気分が悪くなるのがあるんだよって言えば、皆納得するかと思ってですね。何しろ教授だけが音を認識できないということで、モスキート音が原因であることは間違いないので、自分がそれを間違ってはいるけど解説をすることで、説得することはできると思ったんです。それなりの原稿も用意していました」
 と、福間氏は言った。
「なるほど、そうやって犯人を教授に仕立てようとしたわけだ。目的は教授の信用の失墜にあったのかな?」
 と聞くと、
「ええ、私は教授と自分の彼女である埋め財綾乃が不倫の関係にあるというウワサを耳にしました。実際に二人だけで会っているところも何度も見ています。彼女が教授の部屋を訪れたことも何度もありました。教授は彼女とのために、別に部屋まで用意していたようなんです。それを見た時、僕は頭に血が上りました。完全にウワサは本当のことであり、教授と綾乃に裏切られてしまった自分が情けなくなり、しばらく自己嫌悪から逃れられませんでした。僕は元々が暗いので、まわりからは僕のそういうジレンマのようなものがどこから来ているのか想像もつかなったでしょう。そもそも僕が悩んでいたなどと誰も気づいていなかったのかも知れない」
 と福間が言ったが、
「そんなことはない。君のその悩んでいる様子は、綾乃君はちゃんと分かっていたんだ。君のそのそもそもの間違いは、そのことに気付いてあげられなかったことではないかな?」
 と教授は言った。
 教授の言い方を聞いていると、自分を卑下しがちで、しかもそのことが自分を追い詰め、孤独に苛まれているように見える福間氏に対しての説教であり、叱咤激励でもあるように聞こえた。
 教授がここで彼を晒す気持ちになったのは、そのあたりにあったのかも知れない。
 もし、教授が誰にも言わずに犯人を門倉刑事にだけ指摘したとしても、福間氏が反省するとは思えない。犯罪者として警察に捕まったというだけで、彼の性格はさらにねじ曲がってしまうかも知れない。
 しかも、犯人を自分に仕立てようとした計画も失敗し、警察が介入してくるような事態を招いたのは自分のミスによるものだ。こんな事件を引き起こしておいて、まったく得るもののない福間氏を考えると、今後彼と何をどうして接していいのかを窮した教授は、敢えてここで彼を晒し、門倉刑事だけにでもその心境を分かってもらえたという意識を持って逮捕されることになる方がよほどいいと考えたのかも知れない。
 それは教授としての親心なのだろうが、犯人である福間氏がどれほど分かっているのかということが重要である。
「門倉さんは、今までのお話を聞いて、どう感じましたか?」
 と教授は話を門倉に振った。
「今回の事件はある意味誤解から始まって、しかもその途中で計画が崩れたこともあって、本人も反省しているんじゃないかと思いました。福間君は犯罪者としては計画がずさんだったと言えなくもないと思いますが、人間的には正直で素直なんだと思います。こうやって教授が私にだけ、こういう場を設けてくれた主旨を理解して、この事件の処理をしていこうと思っています」
 と言った。
「とりあえず、福間君はお渡しいたします。そして、私はこの被った被害を、代償してほしいなどとは思っておりません。福間君が反省をしてくれればそれでいいと思っておりますので、門倉さんの方でも、そのおつもりで対処願えればと思っています」
 と言った。
「分かりました。教授のお気持ちは私の方で察するようにいたしましょう」
「よろしくお願いいたします」
 と教授は深々と頭を下げた。

                    大団円

 病室を出ると、門倉はうな垂れる福間を従えて、とりあえず警察まで行くことにした。
作品名:心理の共鳴 作家名:森本晃次