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心理の共鳴

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「モスキートーンは、高齢者には聞こえないが、非常ベルの音に反応し、気絶させることができる」
 と書いてあった。
 だが、どこまで信憑性のあるものなのか分からない。
 もし、何の反応がなくとも、それならそれでもよかった。計画通りになれば、教授は犯人から除外され、犯人はほぼ福間に限定されると思ったからだ。現在のような流れになると感じたということである。
 しかし、一歩間違えれば教授がどうなるか分からなかった。
「ひょっとすると死んでしまうかも知れない」
 という危険性もあった。
 だが、綾乃はそのうちに、
「それでもいい」
 と思い始めた。
 もし、教授が生き残れば自分が教授を好きだということであり、不倫であろうが何であろうが、女の意地を通して突っ走るだけだった。まわりが何と言おうとも突っ走るだけの度胸が生まれる。綾乃はそれを実感していた。
 だが、死んでしまったらどうすればいい?
 好きだと思ってその気持ちを確かめるために福間に近づいた。福間は最初こそ自分緒愛を普通に受け入れてくれたが、今では完全に主従関係のご主人様気どりである。綾乃がもっとも嫌いな人間だった。
 そんな思いまでして、教授への気持ちが結局はハッキリとしなかった。綾乃はかなり悩んでいたに違いない。
 そんな時、福間が嫉妬に狂った計画を立てていることが分かった。いきなり福間を警察に売るようなことはできない。何もやっていないし、証拠もなかったからだ。結局やつに計画を実行させて、何とか自分に都合のいいストーリーを描くしかなかった。そこで教授には気の毒だったが、犠牲者になってもらったのだ。
 いうまでもなく、非常ベルを鳴らしたのは綾乃だった。それで教授は苦しみ出し、病院に運ばれた。計画通りだった。自分も嫌疑の外だし、教授も無事だった。福間も刑事に連行された。
 しかし、綾乃の気持ちが晴れることはなかった。あくまでもすべては後発的に行われたことであり、想像通りではあるが、積極的な関与はほとんどないと言っておいい。
 とにかく、計画は福間の当初の考えた通りに実行され、綾乃の計画通りの結果をもたらした。
 誰が得をしたわけでもない。誰かが損をしたという感じもない。
 では一体この事件は何だったのだろう?
 綾乃は教授のことを好きだという意識はハッキリと言ってあるわけではない、教授の方を見ていると、教授は自分とは逆に、一緒にいる時は気持ちをぶつけることができるが、一緒にいない時は、むしろ意識から離れているような感じだった。
――男の人が不倫だとか、浮気をする時の心境ってこういうものなのかしら?
 と思い知らされた
 最後は相手を奴隷のごとく扱った福間だったが、女性を愛する姿勢という意味では、教授や他の男性に比べれば、自分に正直だった。正直すぎて福間のような異常性格になってしまうこともあるのだろうが、それも稀なことではないか。つまり、綾乃が選んだ実験台は、福間を選んだ時点で失敗だったと言えるのではないだろうか。
 綾乃はきっと教授に靡くことはないだろう。今の教授は綾乃に対して自分が優位に立っているという意識が感じられる。事件の真相を知っているのは教授だけだと思うからそう感じるのだろうが、そのまま放っておくと、教授も福間のようになってしまうのではないかと思った。
 綾乃はその時に感じた。
――やはり非常ベルを鳴らした時、教授が死んでも構わないと思ったことに今まで背徳の思いを感じていたが、そんなことは感じる必要などないんだ――
 という思いである。
 綾乃にとって、もう教授などどうでもいい。
――自分が今度生き残るために教授を利用していけばいいんだ――
 そんな風に感じた綾乃の顔は、今一体、犯罪を計画した時の福間の表情か、さっきまで感じていた教授の表情になっているのかも知れない……。

                  (  完  )



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作品名:心理の共鳴 作家名:森本晃次