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心理の共鳴

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 やり方としては、誰も傷つけるつもりはないと言っても、実際に苦しんだ人がいるわけなので、犯罪を立証しにくいし、誰かが死んだわけでもないので、捜査はほとんど行われずに、事件性はないとして片づけられるだろうと思っているに違いない。
 実際に捜査本部も立ち上がることもなく、捜査はほぼ単独で行っている。それも、
「他に重大事件が起きてしまえば、そちらに移ってもらうよ。だからできるのは何もない今だけだ」
 と言われていた。
 そう考えると、これほどの完全犯罪はないかも知れない。もし犯人を警察が特定できなければ、大学内でも、すぐに忘れられていくことだろう。その場にいた当事者で苦しんだ人であっても、その後何もなければ、あの時の苦しみはすぐに忘れてしまう。
「人のウワサも七十五日」
 というが、実際にはもっと短いだろう。
 一週間もすれば、誰もが何もなかったかのように接している。その様子を見ていて、何だか言い知れぬ恐怖に駆られているのは、門倉刑事だった。
 犯人が福間だったとすれば、この事件は大成功だったと言ってもいいだろう。一番の復讐相手である教授を病院送りにすることができたからだ。だが、これは偶然の出来事であって、果たして最初から計画されていたことなのかどうか、分からない。
 だが、今門倉刑事は、
――やはり、これは偶然だったんだ――
 と思えてきた。
 なぜなら、福間が最初に計画していたことというのは、
「モスキート音を使って、皆を苦しめたのは教授だ」
 というシナリオを描いていた。
 そのシナリオは、
「モスキート音というものが、ある程度の年齢から上の人には聞こえない」
 という特徴を持っているからだ。
 ただ、問題は教授が犯人だとすれば、動機はどこにあるかということであるが、不倫のウワサが持ち上がって言う中で、それを皆に忘れさせたいという含みがあったのかも知れない。どこからともかく苦しみがやってきて、すぐにその苦しみから解放される。不気味な雰囲気はしばらくこのサークルを包み、その間に空気を一新させることで、自分への疑惑を逸らそうとする計画だ。
 これだったら、死人を出すなどという必要はない。皆に恐怖を煽るだけのことだからだ。ただ、誤算だったのは、自分が苦しみに遭遇してしまうことであったが、そのおかげで自分が犯人から外れてしまうのはよかったかも知れない。
 教授が苦しみ出したことは、福間にとっては計算外ではなかったか。あの時非常ベルを押したのが誰だったのか、結局は分からなかった。
 警察も非常ベルまでは調べなかった。なぜなら教授が苦しみ出した原因が非常ベルとの共鳴にあるのではないかということが何となくではあるが分かったのは、鑑識が帰ったあとだった。捜査本部があるわけでもない事件に、再度鑑識を出動させるのは、それなりに確定的な理由がいる。そんな理由はきっと事件が解決して真実が明らかになってからでも見つかるわけはないような気がする、
 非常ベルというのは、最初から誰も指紋がついているはずはない。つまりあの時点で非常ベルのボタンを調べていれば、非常ベルを誰が押したのか分かったはずだ。そしてそれがこの事件で重要な手掛かりになるということも分かったはずなのに、惜しいことをしたものだ。今は非常ベルも付け替えられていて、指紋採取は夢のまた夢になってしまっているのだった。
 教授が救急車で運ばれて、入院してしまうと、犯人はいよいよ福間に絞られてくる。まわりの人もそんな目で福間を見ているのかと思っていたが、そんな雰囲気はまったくなかった。
 そもそも、福間という男、底知れぬ神経質さがあった。しかし小心者であるという意見も最初からあった。
 だから彼が犯人だということは誰もが感じていることだろうが、同時に、
「あいつには大それたことなどできるはずがない」
 という意見がまわりを占めるに違いない。
 それも福間の狙い通りだったのだろうか。
 福間は子供の頃、よく苛めれていたという。いじめられっ子の心境として、
「下手に反抗するのではなく、相手が苛め疲れるのを待つ」
 という戦法をいつも取っていた。
 それが本当にいい方法なのか分からなかったが。その方法を取ることで少なくとも計算ができると思っていた。自分の考えにないことをして、計算が立たないと、今自分がいる場所が分からないし、どっちにいっていいのか分からないという五里霧中の中に取り残される気分になることであろう。
 そんなことを思っていると、小心者には小心者の復讐であったり、相手を恐怖に陥れるという趣旨で、何でもできると思い込んでしまったのかも知れない。そこにヒントを与えてしまった教授は、ある意味タイムリーだったのかも知れないが、そのことを利用するという頭脳を、福間恵三という男は兼ね備えていたのであろう。
 教授を懲らしめること、そして歴史サークルに都市伝説のような恐怖を植え付けることで、教授と綾乃を精神的に追い詰めようと考えたのかも知れないが、本当にそれだけだったのだろうか?
 こうやって綾乃は堂々と教授の見舞いに来る。まわりはすでに恐怖を忘れて今まで通り、門倉が見えてきた情景は、一人罪悪感に駆られていて、そのくせ消えることのない猜疑心に苛まれながら、ずっとあのモスキート音の苦しみから逃れられないのは福間恵三一人だけだというものでしかなかった。
 綾乃が入院している教授の下でどんな話をしているか、門倉には分からなかったが、警察署に戻ってから少ししてから、門倉の下に教授がら連絡があった。大至急来てほしいというのだ。
「どういうことですか?」
 と聞くと、
「電話では話しにくいことでもあるし、まず君だけに聴いてもらいたいことがあるので、大至急ここまで来てくれるだろうか? 下手をすれば一人の人間の命に関わることになるかも知れない」
 ということだった。
 さすがに、人の命と言われてしまうと尋常ではないので、さっそく病院に赴いた。道も混んでいなかったので、三十分もかからずに病院に着いたが、すえに時間は夕方近くになっていた。診察時間も夕方のピークを迎えようとしていた。仕事や学校が終わってからの外来やお見舞いで人の往来もせわしなくなる。しかもちょうど五時くらいだったので、病院では夕食の配膳時間と重なり、かなりの人が右に左に往来している。
 それでも教授の病室は個室なので、それほど大変なことはない。
「失礼します」
 と言って、病室入ると、一人でいるとばかり思っていた教授の前に一人座って、こちらに背中を向けている。
 誰なんだろうと思ってみると、男性であることは間違いない。
「福間君じゃないか?」
 と門倉刑事もさすがにこの二人のツーショットを見ることになるなど思ってもみなかったので、かなり意外な気がした。
「やあ、お呼び立てして申し訳ない。さっそくのお話というのは、ここにいる福間君にも大いに関係があることなので、同席してもらうことにした。よろしいでしょうか?」
 と教授は丁寧に話した。
「ええ、おちろんです。教授が設けてくださった席ですから、主導権は教授にありますからね」
 というと、
作品名:心理の共鳴 作家名:森本晃次