小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

心理の共鳴

INDEX|23ページ/28ページ|

次のページ前のページ
 

 と感じていた。
 この寂しいという表現の裏には何があるのだろう? 事件のことでもっと話したいということなのか、それとも単純に世間話をしたいということが根底にあるのだろうか、それとも……。
 門倉刑事は、そんな思いを抱いていた。
 それでも教授の態度の奥底には、毅然とした態度があるため、他の人であればその心を看破できそうに思うのに、教授に関しては何を考えているのか、想像の世界でしかないということを思い知らされるかのようだった。
「またお話する機会は絶対にあるような気がするので、またその時にお話ししましょう」
 というと、教授は苦笑いを浮かべながら、何を考えているのか分からないという何とも言えない表情になった。
――これはどう解釈すればいいのだろう?
 本気なのか、それとも冗談なのか、さすがに社交辞令ではないことは分かっている。いまさら社交辞令などしてもしょうがないからだ。
 そう思いながらも、いつまでもいるわけにもいかず、
「では」
 と言って扉を開けて表に出た。
 扉は自動で閉まるのだが、閉まっている間に背中に浴びた教授の視線の熱さが、すぐには忘れることのできないものとなっていた。
 やっと扉が閉まってその思いを払拭できたと感じた時、不用意にも門倉刑事は溜息をついていた。
「フーッ」
 その声が中に聞こえるわけもなく、少し扉の前から足を踏み出すだけの気力がなかったが、それもあっという間のことだったのだろう、すぐに前に向かって歩き始めた。
 すると、こちらを覗き込んでいる一人の女性の姿が確認できた。
 その視線の先をたぐっていけば、
「あれ?」
 と思わず声に発してしまったのだが、そこにいるのは、この事件でも渦中の人である、梅崎綾乃、その人ではないか。
「これは刑事さん、教授のご様子はいかがですか?」
 と言って前に見た時の天真爛漫さそのものでこちらを見ている。
 まあ、教授のゼミ生であり、歴史サークルのメンバーなのだから彼女がここにいても不思議はないが、それでも何か違和感があったのは、彼女が一人だったからだ、
 彼女の方で教授とウワサがあることは知っているであろうが、そのウワサを刑事が知っているかどうか分からない場面で、一人でお見舞いに来るというところが違和感であった。何しろ不倫という意味で行けばいかにも渦中の二人、二人きりで会うというシチュエーションが出来上がるのは二人にとっていいことなのだろうか?
 しかも相手が警察である。もちろん、不倫をしていたとしても、今は姦通罪などというものもないので、何ら法律で罰することのできるものではないが、事件の後ということもあって、
「痛くもない腹を探られる」
 という言葉通りになってしまうのも癪ではないだろうか。
 特に彼女はどんな時であっても変わることのない天真爛漫さが、何を考えているのか分からないという思いを抱かせる。
「教授は普段どおりじゃないんですかね? 私は以前から面識があったわけではないのでよく分からなかったですが」
 と答えた。
 この答えは当然といえば当然の答え、表現に違いこそあったとしても、概ね答えは似たようなものになるだろう。
 もちろん、教授が最後に寂しがっていたなどという個人の感情を、信憑性もなく人にいうのもおかしなもの。そのあたりは伏せるとしても、こんなところに綾乃がいるというのも何かおかしな気がしていた。これこそ違和感であり、逆に隠れることもなく姿を堂々と見せていたことも、何か違和感だった。
「教授、いかがですか?お加減は」
 と言いながら、綾乃は病室に消えていった。
 そこは男と女の二人きりの部屋、そんな風に感じてしまった自分が恥ずかしくなるほどに見える二人のような気がした。
「やはり、不倫などというウワサは根も葉もないウワサに過ぎなかったんじゃないだろうか」
 と思わせた。
 だが、違和感がないはずのこの場面にくすぶっている違和感は何なのだろう?
 門倉は二人の爽やかさをそれぞれに思い浮かべていた。
 一人は天真爛漫で、一人はいかにも教授というオーラのある大人の男性、二人だけで一緒にいても、そこに何が起こるのか想像もできなかった。それでも無理やり想像したとして、そこにドロドロとした男女の陰湿な表裏のある顔が見えてくることはなかった。
「お似合いのカップル」
 に見えるかも知れない。
 年齢の行った男性に、若い女の子が恋をして結ばれるという話の中に、微笑ましい話が含まれているのも事実だ。何も年の差があるからと言って、不倫であり、社会的に攻撃されるべきものばかりだと決めつけるわけにはいかないだろう。
 二人だけの世界を門倉は想像すると、本当に親子を見ているように思えてくる。ひょっとすると、福間恵三も同じように想像して、見えてきた様子が同じように親子にしか見えなかったとすればどうであろう?
 そこで生まれてくる感情は、嫉妬に怒りだろうか?
 門倉の中では、憔悴と焦りではないかと思えていた。諦めの境地もどこかにはあるかも知れない。だが、一度落ち込んでしまって、我に返ると彼女を奪われることへの恐れで身体から妙な汗が滲み出てくるのではないかと思えるのだった。
 誰が見てもお似合いのカップルだと感じた福間は、二人が公然と不倫をしているよりも恐ろしいと思った。もし不倫であるなら、教授としての立場から身を守ろうとするので、どこかぎこちなくなり、墓穴を掘ることもありえる。
 あまりにもひどい醜態を晒すことで、一番見せてはいけない相手である綾乃の前で披露してしまい、盛り上がった気持ちを自ら水を差すことになり、自分だけが上った屋上には彼女が昇ってくることはなく、しかも階下に降りる手段をすべて壊してしまうというような行動に移るかも知れない。綾乃にはそれだけの感情の強さがあると思っていた。
 だから、どうせなら不倫であってほしいと思ったかも知れない。
 だが、実際には不倫でもなければ、男女の仲になるような素振りもなかった。そのことを福間は知っているのではないかと思ったのは、綾乃が教授の見舞いに来たことを分かっているのであれば、気が気ではない福間としては、ストーカーのごとく、綾乃の後を付け回していてもおかしくないと感じたからだ。
 福間のように猜疑心が強く、神経質な男が綾乃のことを気にしないわけがない。教授の見舞いにくるくらい分かっているだろう。そう思って門倉は病院の柱や影を見渡してみたが、どうやら福間の気配を感じることはできなかった。
 しかし、今回の事件に真犯人がいるとすれば、福間恵三しか考えられない。綾乃と教授のウワサに対しての感情が、動機ではないだろうか。
 福間がこの事件を考えたきっかけになったのが、教授のふとした世間話のような、
「モスキート音」
 という言葉への聞き違いからではないだろうか。
 誰かを傷つけるのが目的というよりも、ひょっとすると、恐怖を煽って、そして綾乃と教授の二人に罪悪感を与え、まわりからの視線を強烈にし、二人をそれぞれに追い詰めようという考えからだったのではないだろうか。
作品名:心理の共鳴 作家名:森本晃次