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心理の共鳴

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「ええ、了解しています。だから、教授は緊張なさることなく、こちらの質問にただ答えるだけでいいという軽い気持ちでいてくれればそれでいいんです。何も問題がなければ、素直にお答えいただくだけで、すぐ済むことですよ」
 と言って門倉は教授を見た目、安心させるように言ったが、その言葉には棘があった。
 何しろ、
「何も問題がなければ」
 と、いう条件付きの会話であり、それ自体がすでに問題だったはずで、教授がそれを聞いてどう感じたか。そのあたりを門倉刑事は探ろうとしていた。
「まずですね。教授はあの時、異変に気付いて放送ブースに入ってこられたんですか?」
 と門倉刑事が聞くと、
「いえ、そうじゃないんです。放送ブースに入ったのは偶然でした。サークルメンバーの一人である福間恵三君に渡したい資料があったので、福間君を探していたんですよ。ちょうどあの時間、放送室の掃除の時間帯に当たることは分かっていたので、それであの場所に行ったんです」
 と教授は言った。
「福間君は教授がそのつもりだったことをご存じだったんでしょうかね?」
「ええ、知っていたんじゃないですか? そもそもその資料を見たいと言い出したのは彼だったし、資料を見つけたら一刻も早く渡したいと思う私の性格も分かっていたはずですからね」
「なるほど、福間氏はそれで見つかりましたか?」
「スタッフルームに入ると、皆何らかの形で苦しんでいる。臭いをあまり感じなかったので、毒ガスのようなものでないことは分かりました。でも、私にはその苦しんでいる理由がすぐには分かりませんでした。その証拠に同じ部屋にいて皆が苦しんでいるのに、その理由が分からないだけではなく、私自身が苦しいという感覚がありませんでしたからね。何がどうなっているのか、冷静に状況を把握しようと思ったのですが、どうしても分かりません。でもこのまま放っておくわけにもいかず、まず密閉された放送ブースに入ったんです」
「その時、放送ブースの扉は開いていたんですか」
「ええ、確か開いていたと思います。そうですね、そうなると今言った密閉されたという言葉は矛盾してきますね。すみません訂正します。放送ブースは介抱状態にありましたね」
「中に入られたんですね?」
「ええ、中に入ると、そこには二人の学生が苦しんでいました。スタッフブースにいたふぃたりよりも強く苦しんでいるように見えたんですが、よく見ると、皆耳を塞ごうとしている動作の共通点に気が付いたんです。その時、この状況の原因が音にあると直感しました」
「それで?」
 と門倉刑事がさらに促すと、
「そうと分かっても、私にはその音が聞こえませんでした。どうしてなのかと思っていると、一つのキーワードを思い出したんです」
「キーワード?」
「ええ、あれは今から少し前のことでしたが、興味深い話を聞いたことがあったんですが、刑事さんは『モスキート音』というのをご存じですか?」
 と聞かれて、門倉刑事は、
「そら来た」
 と感じた。
 話の流れでここまでくれば、モスキート音というものが教授の口から出てくることは明らかだった。分かっていてその言葉が出てくるのを待っているというのは、少し緊張感を伴うもので、それでも嫌なものではなかった。
「ええ、これは事件が起こった時までは知らなかったんですが、偶然事件とまったく関係のない方からちょうどそのお話を聞いたんですが、何でも超高周波のことのようですね?」
 と聞くと、
「ええ、そうなんです。私はすぐにピンときました。私もこのモスキート音という言葉には少し面白い経験をしたものでですね」
「というと?」
 と、門倉は何となく何を言うかが分かっていたうえで、言葉を促した。
「これは、アメリカで開発された、蚊が飛ぶときの音に似ていることから名づけられた技術のようなものらしいのですが、この言葉は文字にするのではなく声の発音だけで聴けば実に紛らわしいものなんです。私もしばらくの間、間違って覚えていました。それは、本当は、モスキートで切って、最後は、音という漢字を書くんですが、初めて聞いた人は発音だけで普通に聞くと、モスキーで切って、その後ろをトーンだと思うようなんですよね。と言っても私もそう思っていたので、人のことは言えませんが」
 と言って、教授は笑った。
「それは無理もないことですよね。私はそれを笑い話のように歴史サークルの連中は話したことがあったんですが、皆笑って聴いていましたね」
「ということは、歴史サークルの人は皆モスキート音のことは知っていたんですか?」
「ええ、知っていると思いますよ。でも、その音の特徴まではその時話さなかったような気がする。気になった人は調べてくれたんじゃないかと思いますよ」
「そのモスキート音ですが?」
 と、話を本題に戻すと、
「ああ、そのモスキート音というのは、特徴を持った音なんですね。そもそも開発された音なので、何かの目的がなければ開発はしませんよね。その特徴というのが、『モスキート音は非常に聞き取りにくい音であって、特に年齢を重ねるごとに、つまりある一定の年齢から上の人には聞こえないもの』らしいんです。いわゆる超音波の類ですから、聞こえる年齢層の連中であっても、他に騒音があったりすると、聴き取れなかったりするのではないでしょうか?」
 と教授は説明した。
「なるほど、じゃあ、あの時教授が聞いたのは、そのモスキート音だったというわけですか?」
「そうだと思います。そう考えれば辻褄が合うんですよ。私の耳にだけ聞こえなかったという理屈がですね。でも、モスキート音だけであんなに苦しむものなのかが疑問でした。ひょっとすると放送ブースやスタッフルームという環境下、あるいはスタッフルームにおいてある数々の機械に反応したのかなのでしょうが、ただ部屋は密閉されていたわけではないので、そのあたりの疑問は残ります。ただ、それ以上に最大の疑問は、一体あの場面の中でなぜモスキート音が発生したかということですよね? そもそも開発された音なんだから、自然発生するものでもない。蚊が大量にいたのであれば分かりますが、この時期に蚊がいるとも思えないし、しかも普段は密閉されたところなので、余計にそれは考えられません。すると誰かが故意にあの音を発生させたということでしょうから、必ず犯人はいるはずです。ただ、犯人の目的が分からないというのもありますし、何よりも私が救急車で運ばれたというだけで、他の人がそれ以上被害に遭ったというわけでもないのでしょう? あれだけであれば、迷惑行為として厳重注意、あるいは、大学の内規に照らしての処罰があるくらいで、刑事事件にはなりませんよね。刑事さんは、事実を知りたいということなんでしょうか?」
 と教授がいうと、
「そうですね。今のところ事件性は考えにくいですが、理屈や理由が分からないと、それもハッキリとは言えませんからね」
「じゃあ、刑事さんは、まだこの後にまた別の事件が起ころと思っておいでなんでしょうか?」
「それは分かりません。でも、何か分かっていないと、判断はできないと思っているんですよ。だからなるべく、真実に近づきたいんです」
「分かりました。私もなるべくご協力しましょうね」
 と教授は言ってくれた。
作品名:心理の共鳴 作家名:森本晃次