心理の共鳴
「確かにその通りなんです。この犯人が何を考えているのか分からないから少し怖い。何しろ何かが起きると分かっていても、すでに警察では謎は残るが事件性はないという見解を示している。それを動かすには、それなりの理由が必要なんです。そんなところまで犯人は計算しているんでしょうか?」
「しているかも知れませんね。少なくとも今の状態では、犯人はいかにも動くことができる。しかし、警察の捜査能力にはおのずと限界があるうえに、さらに融通が利かない。納得させるためにいかに説得できるかが問題でしょうね」
と鎌倉探偵がいうと、
「融通が利かないと言われるのは、その説得がほとんどうまく行かないからなんでしょうね。警察組織というものは基本団体で動く、単独で動くと捜査をミスリードしかねないし、数人で動く方が、一人の暴走に繋がらない。もっというと、警察が公務員であって、税金が使われているということで、市民が納得できるような税金の使われ方という意味で、少しでも捜査費用の削減が求められている。しかし、かといって犯罪が増えれば本末転倒である。何のために警察組織が作られたのかというところまで戻ってくるということになりかねない。そういう意味で余計に行動が制限される。警察官という公務員の仕事は実に気持ちと正反対の行動をしなければいけないかということでしょうね」
と門倉刑事がいうと、
「管轄意識であったり、県警本部と現場との支店であったり本店であったりのそのあたりの感覚が、却って警察を悪い意味での閉鎖された特殊な職務のように一般市民から思われているとすれば、本当にやりきれないよね」
「その通りです。そのため身動きができなくなって、まるで座り込んだ少年が足を腕で抱えるようにして丸まっているかのような雰囲気になってしまうのでしょうね。そのしわ寄せが現場にくる。キャリア組は、少しでもノンキャリ組を分かってくれれば、もっと庶民と警察は近づけたのかも知れないですね」
と門倉刑事がいうと、
「それをこれから実現していくのが、現役の警察官なんだろうね」
その通りだと門倉は思った。
「まずは明日の教授との面談に掛かっているということかな?」
「そういうことでしょうね」
と、鎌倉探偵が言った。
それ以降はmもうこの話をすることもなく、歓談に勤しんだ。最近、また少し文章を書くということに目覚めてきたという鎌倉探偵の話を楽しく聴いていた。
「今まではプロだったということもあり、どうしも柵から抜けることができなかったけど、今では好き勝手に書けるというのが嬉しいよね。編集者も読者も関係ない。プロットがどうであろうが、最初にその内容を編集者に申し出て、それが却下されてしまえば、せっかく考えたことも世に出ることはないんだ。それを思うと私はいくら自分の作品とはいえ、どれほどのアイデアを殺してきたか。この間整理していると昔のそんなボツになったアイデアがたくさん出てきたんだ。懐かしくなって見ていたんだけど、今から見ると結構いいアイデアもあったような気がするんだ。そういう意味で考えると、いくら編集者と言っても相手は神様じゃない。私の作品に対して生殺与奪の権利が本当にあるのかと思うと、何だが、そんなやつにしたがっていた自分が情けなく思うよ。編集者には自分で書く力がないからこっちに振ってくるくせに、作品の生殺与奪の権利だけあるなんて、理不尽な気がするんだ」
「なるほど、確かにそうかも知れませんね。生殺与奪の権利とはなかなか面白い発想をしますね。そういう意味でいけば、我々警察官には、勧善懲悪ができる権利があるのかどうかですよね」
「誰だって神様ではない。間違いもする。だから冤罪などの悲劇は繰り返される。それが恨みになって新たな犯罪を生むこともある。そうやって考えると、結構難しいところがあるんじゃないですか? でも、作家に対しての編集者が生殺与奪で、犯人に対しての警察官が勧善懲悪という言葉で表されると思うと、面白いですよね。そうやって考えるといろいろな関係にはそれぞれにお字熟語がついているのかも知れないと思いますね」
と門倉がいうと、
「それが逆に四字熟語というものが、そういうすべてを網羅しているのだとすれば、昔の人はその発想力がすごかったということだよね。今の時代に生きていれば、どんなすごいものを生み出すか楽しみだ」
「でもですね。それぞれ昔の人は、その時代だったら、そういう発想ができたのかも知れませんよ。今だったら、四字熟語を作ろうなんて誰も発想しませんよ。さっき言ったようにすべての行為には四字熟語がついているかも知れないという発想で考えればですね」
と門倉は返した。
「私も小説を書いていて、小説のテーマを、四字熟語から拾ってくることもあったんだよ。これは編集部ではあまり好まれないやり方だったようだけどね」
と鎌倉氏がいうと、
「どうしてですか?」
「皆が考えることって結局同じところに来るんだよね。同じように四字熟語をテーマに小説を考えるとすると、皆似たような発想になってしまって、下手をすると盗作になりかねない。それは避けないといけないからね。そういう意味で、あまり四字熟語は好ましくなかった。でも、主題でなければいいんだ。枝道に四字熟語が潜んでいるという考えであれば、逆にいくらでも考えが浮かんできたかも知れないと、今になって思うくらいなんだよ」
という。
「小説というのは、人間物語だと最初は思っていたんですが、本当にそうなんですかね?」
と門倉刑事は聞いた。
「いや、そんなことはないと思うよ。私は基本的にノンフィクションは嫌いで、だからかも知れないが、人間物語というのはあまり好きじゃなかったんだ。どうしても小説家は誰か主人公を一人に決めると、その人の人生や、その人の人生を輪切りにした部分を描きたくなる。まわりの人間はただの脇役でしかないんだ。でも、小説なんだから、ただ、登場人物の一人が主人公だというだけで、見方を変えると別の人が主人公になる。極端な話、主人公が不在の小説であってもいいんじゃないかって思うくらいなんだ。実際にそんな小説を書いてみたいというと、やっぱり編集者の人から秒で却下されたけどね。もう少し聞いてくれてもよかったと思うよ」
と笑いながら鎌倉氏は言った。
「じゃあ、それをこれからお書きになればいいじゃないですか。もう編集者なんか関係ないんだから、好きなように書けばいい。今はネットで無料投稿サイトなんかも結構あるようですから、投稿してみればいい」
と門倉刑事がそういうと、
「そうだな。本名で出しても、私の小説を知っている人なんかいないだろうし、面白いカモ知れないな」
と、鎌倉氏は楽しそうだった。
「ところで門倉君は、ネットで投稿サイトがあるなんてよく知っていたね」
と鎌倉氏が聞いてきたので、
「ええ、私もネットで何かできないかって見ていたことがあったんですが、小説のサイトを見つけたんで、鎌倉さんにもいずれお話してみようと思っていたんです。いや、ひょっとすると、心のどこかで、自分でも書いてみたいという意識があったのかも知れないな」
と門倉氏がいうと、ふと何かを思い出したように、少し考え込んだ。
「どうしたんだい? 門倉君」