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心理の共鳴

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 二人は冬用の浴衣に着かえ、その上から和風のガウンのようなものを羽織り、すっかりリラックスしていた。たったコップ一杯であったが、少し酔いが回ってきた感じもあったので、空腹を満たすためにも、目の前ですでにできあがっている鍋をつついていた。この瞬間はどんなに大きな事件を抱えている時であっても、至福の瞬間として、その前に感じた時のことを思い出そうとする。それは習性のようなものであり、結構気分のいいものであった。
 ビールはそれくらいにして、テーブルの上には、ボウルの中に氷が入れられていて、その中に冷えた冷酒の瓶が入れられていた。
「冷酒は呑みやすいから、気を付けないと?みすぎてしまうので、大事件を抱えている時は呑めないです」
 と言っていたので、今日はそこまでの大事件ではないということで、冷酒が用意してあるのだろう。
 鎌倉探偵も決してアルコールが強いという方ではないが、門倉刑事に比べると呑める方ではないだろうか。
「まあ、今日はゆっくりと呑もうじゃないか」
 と鎌倉探偵は言ってくれたので、安心して呑める気がした。
 目の前にある瓶の一つを開けて、お猪口に注ぎ、ゆっくりと口に運んだ。甘みのあるコクの深さはさすがに冷酒のおいしさであった。
 鍋の中身は野菜と鶏肉、水炊きであった。鶏肉の大好きな門倉刑事にとってはありがたく、その出しがうまみを出している、彼の目の前に取り皿が二つ置かれているのは、門倉刑事の性格を知り尽くした鎌倉探偵の配慮で、
「水炊きの出しは、ポン酢などを入れなくても、その出しだけで食べてもおいしかったりしますからね」
 とよく言っていることで、ポン酢用と、そのまま食べる用とで二つ用意してくれていたのだ。
「ところで、門倉君は今何を捜査しているのかな? 別に大きな事件が起こっているようには見えないが」
 と鎌倉探偵が切り出してきた。
「ええ、死者が出るような大事件ではないので、捜査本部というのも別に設けられているわけではないのですが、私が気になっている事件があるんです。お話を聞いていただけますか?」
 と門倉がいうと、
「ええ、もちろんですよ」
 と言って、ニッコリと笑って鎌倉探偵がこちらを向いている。
「あれは、数日前に、この近くにあるS大学の構内で起こった事件だったんですが、そこの大学の文学部の中に、歴史研究サークルというある教授のゼミがあり、サークルというのはそのゼミが活動する時に使っている言葉なんですが、彼らの活動の中に、ラジオ配信というのがあるそうなんです。研究してきた歴史の話題の紹介や、リスナーからの意見に答えてみたり、視聴者参加形式で、クイズのようなものが行われたりと、レトロな感じも盛り込みつつ、さすが歴史がテーマなだけに、面白いことを考えていると思いました」
 と門倉刑事は説明した。
「なるほど、ラジオ配信というのは、なかなか面白い趣向ですね。でも、今は誰でも簡単にユーチューブやSNSで何でも発信できるので、何もラジオのようにスタジオを必要としたりする時間や費用を要することをするというのも、結構大変ではないかと思うんだけど、どうなんでしょうね」
 と、鎌倉探偵はいった。
「そうなんですよね。でも、ゼミも中での活動ということで大学からは少しは出ているようで、そして学生が毎月少しtずつ出資することで賄えているようなんですが、放送自体はそれなりに人気のようです」
「それで?」
「放送自体に問題があったわけではないんですが、歴史サークルが使用している放送のスタジオが大学の放送室を借りていたんですが、ちょうど彼らが毎日掃除をする時間があるようで、いつものように手分けして掃除をしていたそうなんです」
「内訳は?」
「放送ブースや機械が置いてあるスタッフルーム、そして表の通路などを二人一組になって掃除をしているようです。部員はもっといるので、皆が皆毎日掃除をしなくてもよかったということなんです」
「じゃあ、事件はその時に起こったんだね?」
「ええ、その時、放送ブースの中で掃除をしていた二人が、何か気持ち悪い思いがしてきたということで、苦しみ出したんですが、その時はさほどのことはなかったようなんです。そのうちにスタッフルームからも放送ブースに入ってくると、入ってきた人も苦しみ出したということでした。そして極めつけはそこに教授も入ってきたんですが。最初教授はさほど気持ち悪いという感覚ではなく、皆が苦しんでいるのを不思議そうに思っていたようです。皆に早く放送ブースから出るように促している間に、また彼らの苦しみが少し深くなってきたことで、部員の一人が救援を呼ぶために非常ベルを鳴らしたそうなんです。するとさらに学生が苦しみ出したんですが、その時、一緒に教授も苦しみ出したということでした。学生の誰かが苦しみのあまり、ブースを閉めてしまったのですが、ブースはオートロックのようになっていて、中からしか開かないようになっているそうなんです。だから密室になった状態の中で、教授がのた打ち回るように苦しんでいて、そのまま泡を吹いて気絶したということでした。教授は救急車で搬送され、命に別状はないということでした。これが今回の事件のおおかたのあらましと言ったところですね」
 と、門倉刑事は淡々と、それでいて、なるべく漏れのないように話したつもりだった。
 それを聞いて、鎌倉探偵にはどこが重要な部分なのか分かるというのだろうか。門倉刑事は、話を聞いたうえで、腕を組んで自分の頭の中で話を再度組み立てなおしている鎌倉探偵をじっと見ていたのだ。
「うん、確かに奇妙な事件だね。誰かが故意に何かを企んだとも見えるし、偶然が重なっただけということも言える。この話だけでは何とも言えないね。でも、今の話を聞いて一つだけ、偶然が重なったのかどうかは分からないが、現象として考えられることはあるんだ」
 と鎌倉探偵は言った。
「それはどういうことですか?」
 と門倉刑事が聞くと、
「この事件では、音が何かを暗示しているように思うんだけど、さっき門倉君が言った中で、教授が最初は皆がどうして気持ち悪くなっているのかということが分からないと言っただろう。それなのに、途中で誰かが非常ベルを鳴らすと、皆ももっと不快に感じたんだろうけど、それまで何ともなかった教授が今度は一番苦しみ始めたってね。これは事実とすて非常ベルの音が直接影響していることは誰にでも分かることだよね。でも非常ベルの音くらいでは、そこまでひどいものではない。だけど、何か他の音と共鳴したと考えればどうだろう? 教授にとってその共鳴が他の人よりひどいものだった。だから泡を吹くまでになったんじゃないかな?」
 と鎌倉探偵は言った。
 門倉刑事も音がこの事件で怪奇な現象の原因だとは思ったが、それを科学的に説明するのは難しかった。実際に音を感じたと言っても、再現することはできないし、もし再現することができたとしても、それを実践することは、皆が気持ち悪くなる可能性が高いだけに、簡単にできるものではない。
「なるほど、じゃあ、オートロックになるのを分かっていてカギを閉めたのは、苦しみのあまりなのかと思いましたけど、教授を密室に閉じ込めるためだったとも言えるかも知れませんね」
作品名:心理の共鳴 作家名:森本晃次