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心理の共鳴

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――あんな女、どうでもいい――
 と思えればこれほど楽なことはないはずなのに。なぜか、いまだにいとおしいとしか思えない。
 福間はそんな自分がいじらしく思えてきた。女に裏切られていて、教授からも嘲笑われていると思っているであろうに、そのことで自分が悲劇の主人公にでもなったかのような気持ちになっていた。
 まるで女の腐ったような状況だが、そんな自分を疎ましいとも思っていた。
 疎ましさと、悲劇の主人公である自分の立場の悲しさのジレンマで、身動きが取れなくなってしまったのだ。
 まったく何も見えない真っ暗な場所、どこにいるのか分からない。ひょっとすると一歩足を踏み出せばそこは断崖絶壁かも知れない。左右だって真後ろだって分からない。そんな状態で一歩でも動けるはずもなく、疲れ果てて、どこかの方向に身体が靡いていくのを待つばかりだった。
「いっそのこと、どちらかに足を踏み出せばいい」
 と思うのだが、お子生きることができない。
 自分が意気地なしであることは分かっている。意気地なしだから、潔癖症であり、神経質なのだ。
 だからと言って開き直りがないわけではない。しかもいずれは力尽きることは分かっている。自然の力に運を天に任せるのがいいのか、そんなのは納得がいかないとして自分から足を踏み出すのがいいのか、迷っている。
 次第に身体のバランスが崩れていき、どちらに身体が倒れていくのかということも、次第に分かってくるような気がする。
 そんなことを思っていると、また何かを考え始めた。神経質な自分が考えるのは、規則正しく並んだ数字の羅列である。その羅列の中にこそ、答えが隠されているのだが、それを計算でもって求めようというのだ。
 目を瞑って計算していると、計算機の音が聞こえてくる。
「カチッカチッ。キー、ガシャッ」
 この音は、どこかで聞いたことがあった。何か懐かしい音だった。
 最初はタイプライターの音かと思ったが、少し違う。今思い出すとすればタイプライターの音ではないはずで、何だろうと思っていると、思い浮かんできたのは、レジスターの音だった。
 以前はスーパーなどにあったレジスター、今ではバーコードリーダーの普及で、レジスター自体が見なくなった。それこそ、公園などの青空でイベントとして催されている、
「フリーマーケット」
 などで見かけるくらいであろうか。
 もうすでに骨董品扱いになってしまった感じがするが、確かに記憶の中には存在している。
「いつの間に見なくなったんだろう?」
 という思いが強く。レジスターの機械は、目を瞑ると、なぜかさらに古いタイプライターとこんがらがってしまうのはなぜであろう?
 タイプライターの音は、ドラマや映画、アニメでも時々使われている。以前のアニメにはタイプライター形式でタイトルが流れたものもあった。それを思い出すからであろう。レジスターよりも古いにも関わらず、意識が近く感じられるのだった。
 レジスターも一種の計算機のようなものだ。
「ちょっと大きな電卓」
 と言ってもいいだろう。
 タイプライターの進化がパソコンであるなら、レジスターの進化は何であろうか? バーコードリーダーとは主旨は同じなのだろうが、見えないところで自動計算しているので、この二つを比較対象にするのは、少し無理があるような気がした。
 綾乃は、自分が嫌いなはずではないのに、嫌いになりたいと思っている福間が、どのように苦しんでいるのか分かっているつもりだった。なぜならやはり綾乃も彼が好きだった。
 実際には何とか福間に変わってほしいと思っていろいろ画策をしているのだが、そのどれもがうまくいかない。
 教授とのウワサを流したのは、やりすぎだったと思ったが、いまさら、
「あれはウソだった」
 とも言い切れない。
 それを言ってしまうと、福間だけではなく、教授も裏切ってしまうことになり、大切な二人を失うことになってしまうと、綾乃はこのまま大学生活を続けていくことはできないと思うようになった。
――このことは、墓場まで持っていくしかないのかしら?
 と、まるで十字架を背負ってしまったかのような自分を、恨めしくも可哀そうにも感じた。
 もうその頃には、綾乃は自分のことを客観的にしか見えなくなっていた。彼女が天真爛漫で楽天的と見られることが、誰の目から見ても明らかになったのは、この頃からだったのだ。
 さっきの真っ暗なシチュエーションは、綾乃が夢の中で、自分が福間になって登場しているシーンであった。
 これは夢であるが、途中から現実味を帯びてくる。
――これは現実だ――
 と思って見ていると、そのうちに、ベッドで目が覚める。
「夢だったんだ。でもどこからか、やけにリアルだったわ。まるで夢から現実に変わるという夢を見ていたという感覚なんじゃないかしら」
 と感じた。
 それがどういう感覚なのか分からなかったが、夢を忘れていないということは、楽しい夢ではなかったことは確かである。しかし、自分がいくら苦しいという夢であったとしても、夢の中の福間に自分が入ることができたことで、彼の本心が分かってくるのではないかと思うと、どこかに安心できる部分もありそうだった。
 綾乃がそんなことを感じているなど、福間は考えているだろうか。福間の中では、
「しょせん、綾乃はオンナなんだ。男がちやほやしてくれば、そっちに靡くというものだ。それだけ俺がバカみたいじゃないか」
 と思っていた。
 捻くれているだけなのだが、男というものは、窮地に追い込まれるとどうしても自分の殻に閉じこもってしまう。
 女性の場合は、そこからいい方に向けて考えることもできるのだが、男の場合、一度飲み込まれてしまうと、そこから逃れるには、自分を変えるしかなくなってしまう。
 だが、男はなかなか自分を変えられない。それはプライドなどというものによるものではなく、わがままな性格が強く影響しているのではないだろうか。
 子供の頃に母親から受けた愛情を、違った意識で捉えてしまっていたりすると、わがままな性格は、そう簡単には抜けてくれない。
 女性はそんな男性を見ると、普通であれば、情けないと思うのだろうが、中には母性本能を擽るようで、女が男を立ち直らせようという構図が出来上がることがある。そのほとんどはあまり成功するとは思えないが、中にはうまく行くこともあるだろう。
 男の嫉妬と女の嫉妬、それがお互いに噛み合えば、ひょっとすると相乗効果が生まれ、マイナスとマイナスを掛けて、プラスになるという現象を作り出せるのかも知れない。
 だがそれはあまりにも稀なことなので、誰が信じるというのだろう。
「しょせん、男は女のヒモになるだけだ」
 と思われて終わりである。

                モスキート音

 学生には一応話を聴くことができた。
 後の数人にも話を聞いたが、新しい話を聴くことができたわけではなく、ここではそこに言及することはない。その後、肝心の教授の話を聴くため、教授が入院している病院へ赴くことにした。
作品名:心理の共鳴 作家名:森本晃次