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心理の共鳴

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 そもそも天真爛漫な女性と神経質な男性であれば、最初こそ物珍しさから相手を知りたいと思うかも知れないが、実際に付き合ってみると、まったく正反対の性格の違いに紛糾し、相手とだけではなく、自分の中での葛藤が生まれてくるのではないだろうか。そう思うと、彼女にとってどちらが本命なのか、難しくなる。二股問題がもし事実だとすると、今回の会事件にどう結びついてくるのか、問題はそこだった。
 確かに誰も死んでいるわけではないが、不倫や浮気に対しての何かの憤りが原因だとすれば、何も関係のない人たちまで巻き込むというのは、いかんともしがたく思えてくるのだ。
 綾乃は教授のことを、
「楽しい人」
 という謂い方をした。
 もし、この表現が綾乃以外の女性から聴かれたのなら、微笑ましいような気がするが、いくら天津爛漫であってもこのような立場の綾乃であれば、白けた感じがしたとしても無理もないだろう。
 実際の教授がどんな人なのか、想像するのが難しくなってきた門倉だった。
「梅崎さんは、福間さんとお付き合いされていると伺いましたが、どうなんでしょうか?」
 と、教授との話を中途半端にして福間との話に切り替えた。
 ここに何か含みがあるのか、それとも教授との話は聞いたとしても、綾乃がまともには答えないだろうという思いを持ってのことなのか、分からなかった。
「ええ、お付き合いしていますよ。彼は本当に真面目な人で、見習うところはたくさんあります。特に私のようにいい加減でちゃらんぼらんな人間には、彼のような人がそばにいてくれていろいろアドバイスしてくれた方がいいと思ったんです」
 と、これはまたかなりへりくだった言葉になっていた。
「いやいや、そこまで自分を卑下することはないんじゃないですか? そこがあなたの魅力なのかも知れないし」
 というと、彼女は少しあざとい笑いを浮かべた。
――なるほど、思った以上に計算高い女なのかも知れないな――
 と、そのあざとさにその時の顔をを見た時、気付いたのだった。
 ひょっとすると、福間という男の神経質な部分が鼻についてしまって、もうある程度我慢できないところまで来ているのではないかと思うと、この三角関係もまんざらウワサだけの世界で収まりそうもないような気がしてきた。
 火のないところには、やはり煙なんか立つわけはないのだ。ウワサが本当であれば、それまでなのだが、本当でないのにこれだけのウワサが立つということは、本人に隙があるからに違いない。
 教授に隙があるのかどうなのかはまだ話もしていないので分からないが、少なくとも現状見ているだけでは、綾乃には結構隙だらけというイメージが付きまとっている。まさか自分からそんな風に思わせるようなことはしないだろう。する意味もないし、現実的に女性側からというのは、金銭でも絡んでいない限りは考えられない。
「福間さんとは昨日お話をいたしましたが、彼はどういう感じなんでしょうね。私などが見ていると、結構勉強熱心で、いろいろなことを知っているようにお見受けしましたけど」
 と門倉は言った。
 門倉の考えとしては、勉強熱心というのは、それだけ理屈っぽくて。物知りというだけに、その知識をひけらかそうとすることで、上から目線に見えていたのを、隠して話したつもりだったが、綾乃には、どこまで気付かれたことだろう。
「福間君は、お勉強熱心なのは私も尊敬するところです。でも、難しいことを話している時の彼のどや顔を見ていると、分からないと言えない雰囲気になってしまうんですよ。それを彼は上から目線で胸を張って話すので、こちらはやりにくいですね。何と言っても、分からないという一言が、どうしても言えないんですよ」
 というではないか。
――どうやら、彼女の方でもかなりのストレスを抱えているようだな――
 と感じた。
 ストレスを感じているということを、きっと他の人にも分かってほしいと思ってはいるのだろうが、彼との仲を疑われるのは困るような雰囲気だ。その間に生まれてジレンマを彼女はどのように解消させようと思っているのだろうか?
――そうか、そういうことか――
 と、門倉刑事は自分の閃きに驚いていた。
 彼女は自分のストレスがジレンマとなってきていることに気付いていた。天真爛漫だとか言われているが、こういう落ち込んだ時には、彼女は冷静になれるのかも知れない。そしてその冷静さの裏には的確な判断が備わっていることが裏付けられている。
 彼女にとってのトラウマは、明らかに福間に対してであった。福間という男が嫌いではないが、ウザく感じられるようになった。嫌いではないだけに、この思いがジレンマとなって自分を圧し潰そうとする。
――嫌いになれれば楽なのに――
 と思ったところで彼女は閃いた。
 自分に誰か他に男がいるような様子を福間に見せればどうなるだろう> 彼はこちらの思惑通りに冷静になってくれるだろうか。いや、融通を利かせてくれるだろうか。そう思った彼女の白羽の矢が教授に当たった。
 教授には気の毒であったが、一番効き目のあるのは教授だった。教授であれば、本気ではなく浮気であるという理由にもなるし、その方が綾乃には都合がよかった。ただ、これは綾乃側の都合というだけで、教授側の都合はまったく考えていなかった。
 教授はこの噂を知っていたのだろうが、反論はしなかった。それに増長して綾乃はウワサをそのまま放置したが、次第に福間が気にするようになってきた。
 そんな教授を見て綾乃がどう思ったのか、気の毒だと同情したのか、それとも、愛情が芽生えたのか、どうだったのだろう?
 教授は偉い地位にありながら、そのことをひけらかすこともなく、まわりに気を遣っているという普通の良識のある「大人」であった。
 他の教授とを比較すると、やはりどこかが違っている。自分が教授であるということを露骨に学生に対して示すことで自分の地位を確認しようとしている人や、テストでは自分の書作本の印紙を貼ることで、単位がもらえるという見え見えなことをする人もいる、
「それが大学教授という人種さ」
 ということを皆が認識しているところが、大学というところなのだ。
 それがいいのか悪いのかよくは分からないが、そんな教授ばかりではないということが分かっただけでもよかったと思う。
 それは歴史サークルの皆、同じ思いだったに違いない。しかし、変なウワサが、その感情に乱れを生じさせた。福間恵三は、教授に対して不信感を持っているのは誰もが感じていることであった。
 ただ、神経質な彼は、それをまわりに知られたくないという思いから、なるべく人の顔を見なくなった。それが却ってまわりに対しても彼への不信感を募らせ、
「あいつは猜疑心の塊りにでもなったんじゃないか?」
 と思わせるくらいであった。
 微妙な立場は教授だった。それでも学生を前にして、余計なことは口にしないようにして、福間に対しても、他の学生同様の扱いをしてきた。
 だが、それが却って福間を頑なにさせる。次第に福間はサークルから孤立していくことになった。
 だが、彼がサークルを辞めることはなかった。教授を今まで通り尊敬できないのは仕方がないとして、渦中の人である綾乃のことを忘れられないでいた。
作品名:心理の共鳴 作家名:森本晃次