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短編集106(過去作品)

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 という言葉を胸に、自信を持って付き合っていた。
「いくら好きなものでも、毎日同じものを食べていれば飽きが来るものよ。特に好きなものだという意識が強ければ強いほど、飽きが来ると、二度と見たくないものらしいわよ」
 彼女にまだ未練があった頃に、他の女性友達に言われた言葉だった。
「飽きが来ると言っても、それって誰にでも言えることですよね?」
「そうね。だから皆付き合っている時でも、飽きが来ないように工夫をしている人は結構長続きするようよ。もっとも、性格的に飽きが来ない人もいるようで、要するに相性の問題なんじゃないかしら」
 最終的には相性で片付けられると、それ以上の話は無用である。これから以降、未練を残すか残さないかで、男としての進路が決まると思った辰則は、それ以上ことを荒立てる気にはならなかった。
――初恋なんて、こんなものかも知れないな――
 と思っていた辰則に対し、次の彼女はすぐに現われた。
――捨てる神あれば拾う神あり――
 案外と近くに神はいるもので、相談を持ちかけていた女性がどうやら辰則を好きだったようだ。
「あなたから相談を持ちかけられるのって、結構辛いものなのよ」
 と、付き合い始めてから言われたものだ。
 名前を明日香と言うが、彼女とは結構長く続いた。
 里美が静かなタイプの女性なら、明日香は活発な女の子という雰囲気である。どちらかというと、まだ里美に未練がなかったわけではない時期だっただけに、却って気楽だったのかも知れない。
 しかも、明日香は里美とのことを知っている。知りすぎるくらいに知っている。それも自分から辰則が話したことだ。付き合い始めてからそれを思うと、恥ずかしくて仕方がなかった。
 里美との付き合いは、ある程度主導権は辰則側が持っていた。
――男女の付き合いとは、男性が主導権を持つものだ――
 という先入観があったからで、それは女性に興味を持つ以前からずっと考えていたことだった。
 しかし、明日香との付き合いは違っていた。主導権はお互いに持っていたというより、少し明日香の側に強かったかも知れない。もっとも、元々は相談相手、それも仕方のないことかも知れない。そのおかげというか、結構付き合いは思っていたよりも平穏に、長く続いたものだった。
 明日香は男性と付き合うのは初めてだと言っていたが本当だろうか。あまりにも慣れているような気がしたが、確かに男友達は多かった。
「皆あなたと同じように、結構女性のことで私に相談に来るのよ。私って男性に頼られるところがあるのって、あんまり嫌いじゃないの。どちらかというと男性っぽいところがあるからかしらね」
 主導権を握られているのも、男性っぽさが頼りがいのあるところを見せているからなのかも知れない。
「でも、私はあなたの紳士的なところって好きなのよ」
 それが、男性の友達が多い中から辰則を選んだ理由かも知れない。
「最初、里美さんがあなたに対して新鮮な気持ちを抱いたというのは、その紳士的なところなのかも知れないわね。でも、紳士的な性格というのは、なかなか変わらないでしょう? 女性というのは、徐々にでもいいから、相手が次第に自分を好きになっていってくることが分からないと不安になるものなのよ。特に里美さんのように大人しい女性は、自分から何も言わないでしょう? それだけ内に篭ってしまっている証拠なのかも知れないわね」
 見事な心理分析に思えた。
 明日香と初めて身体を重ねたのは付き合い始めた時期から三ヶ月が経ってからだった。
 里美とは、キスをしただけだった。相手のことを欲している気持ちが次第に強くなってくるのを感じると、その出鼻をくじかれるように里美から別れ話を持ちかけられたのだった。
――意識しているのが里美に分かったんだろうな――
 いつも紳士的でいたいと思っている辰則には、それなりにオーラが出ていたに違いない。里美は飽きを感じていたはずなのに、オーラの不変を望んでいたのかも知れない。だが、オーラが里美の大人の部分を意識し始めると、不変ではなくなってしまう。それが里美の中でジレンマを呼んだのであろう。
「あなたって、退屈な人ね」
 という言葉が本心かどうか分からない。しかし、退屈だという言葉の意味を素直に受け取ってはいけないということだけは分かっている。
 いつも相談していた明日香の存在がそのことを分からせてくれていた。明日香はそんな存在だった。里美を付き合っている時は、最高の相談相手、だが、相談相手の対象がいなくなると、当然明日香への見方も変わってくるというものだ。
――どうして今まで明日香の魅力に気付かなかったのだろう――
 それは仕方のないことだった。
 一つのことを考えてしまうと、まわりが見えなくなってしまうのは、元々の辰則の性格である。
――だから退屈なのかも知れないな――
 紳士的な男が、まわりを見れないのであれば、それは中途半端である。
「紳士的な男性って、大人の雰囲気があるでしょう? 大人っていうのは、相手から見て、何を考えているか分からないように見えるところも魅力的なのよ。そう思わせるということは、よほど、まわりが見えていないとできないことなのかも知れないわね」
 里美が一度話していた。
 一度も辰則に対して、
「紳士的」
 という言葉を使ったことのない里美の口から、そんな話が飛び出したことで、少し辰則の中で、里美という女性への見方が変わってきた時期があったとすれば、それ以降だったに違いない。
 別れはあるべくして起こったこと、最初から分かっていたのかも知れないとも思えた。身体を重ねることがなかったのは、不幸中の幸いだっただろう。
――ハッキリとしない未練が残ってしまったな――
 と思ったが、すぐにそばにいる明日香の存在に気付くことができた。もし、これが身体に対しての未練が残っていたとすれば、そばにいる明日香の存在に気付いたかどうか分からない。
――里美と男女の関係がなかったことを明日香は分かっているのだろうか――
 付き合い始めてから、すっと頭の中で描いていた懸念だった。いくら相談を持ちかけていたとは言え、そこまで生々しい相談ができるわけもない。明日香から見て辰則の性格も分かっているだけに、相談してこないことくらい承知しているに違いない。
 明日香と身体を重ねることに何ら抵抗はなかった。すべてが自然な流れだと思っていたが、
――これが明日香のペースなんだな――
 という思いも拭いきれない。
「退屈って、一体何なのかしらね?」
 最高潮の興奮の波を、生まれて初めて感じた辰則は、その後で襲ってきた倦怠感の中でまどろんでいた。倦怠感が襲ってくるのは分かっていたが、身体中の神経がこれほど敏感になるものだとは思わなかった。
 少し汗が滲んでいる明日香の身体が心地よい。
――うまいことできているものだな――
 肌が感じる心地よさに酔いしれていながら、頭はなるべく考えないようにしようと思っていた。その方が、身体ですべてを感じることができるからである。
 そんな時に呟いた明日香の言葉を聞いていて、
「ただ、何もせずにじっとしていることが退屈だとは、俺は思えないな。特に今のような状況を退屈だとは、決して思えない」
作品名:短編集106(過去作品) 作家名:森本晃次