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短編集106(過去作品)

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 どう話しかけていいか分からない中、結局最初に思いついた言葉が口から出てきた。
「なんだか眠れなくて」
 佐川が想像した答えがまともに返ってきたことで、思わずほくそ笑んだが、あまりにも失礼かと思い、すぐに表情を元に戻した。
「そうなんですか。私もなんですよ」
 本当はさっきまで寝ていたのに、ウソをついてしまったのは、相手を安心させてあげるための方便だというのは、男の独りよがりなのかも知れない。
 だが、相手の女性が安心するのであれば、それでも構わない。次の瞬間の彼女の表情を見ていると、そう感じられた。
「ここでボンヤリしていたんですが、時間がなかなか経ってくれなくて」
 何かを訴えているように見えるのは気のせいだろうか。
「私はこれから表に出てみようと思ってロビーまで来たんですが、いかがです? どこかご一緒しませんか?」
 今までの佐川なら初対面の人にここまで言う勇気はない。
――もし、相手が怯えていたならどうだっただろう――
 この時間、一人でいる女性に話しかける可能性は五分と五分かも知れない。話しかけられる雰囲気か、そうでないか、それだけで決まる。
――この人には怯えを感じるが、話しかけられる雰囲気だ。いろいろな話ができるような気がする――
 漠然と感じた第一印象だった。
 それでも勇気がいることには違いない。相手の返事が遅ければ遅いほど、声を掛けたことへの後悔が加速して襲ってくる。
 返事を待っている間というのが、どれほど長いものか。二つ返事でもない限り、時間は長く感じるものだ。逆に二つ返事だと、あっという間だったように感じるだろう。中途半端な長さは、そこには存在しないのだった。
「はい、お供します」
 言うなり彼女は立ち上がり、佐川に伴って、玄関を出た。
 表は思ったよりも肌寒く、風もそれなりに吹いていた。
「少し寒いですね」
「ええ、でも熊本に来るのは、風の強い日が多かったので、熊本に来たんだって気が今さらながらにしてきますわ」
「今までにも熊本には何度か来られたことがあったんですか?」
「ええ、熊本には一年に一度は来ておりました」
 そう言って、少し俯き加減になったのを見て、少し会話をやめた。
「この先に深夜までやっているスナックを知っていますので、そこに行きましょうか?」
「ええ、案内お願いします」
 彼女は自分から歩き始め、佐川を導く。彼女の言う店は雑居ビルの地下に降りていくような店で、暗い雰囲気があったが、深夜であればそれもいいだろう。
 店の扉を開けると、ちょうど客は誰もいなかった。
「いらっしゃい」
 店の奥でママさんが洗いものをしていて、女の子がテーブルを片付けている。ちょうど一組客が帰ったあとのようだ。
「お久しぶりです」
「最近あまり来なかったけど、出張がなかったの?」
「ええ、今は熊本への出張はまずないですね」
 という会話があって、彼女は佐川を奥のテーブルへと誘った。
 渡されたお絞りで手を拭いてくつろいでいると、彼女が名前を教えてくれた。苗字にはさほど興味がないので、聞いただけですぐに忘れてしまった。名前だけはしっかりと記憶に残っていて、理沙子という女性である。
――どこかで会ったことがあるような気がするんだが――
 という思いが頭の中をよぎるが、いつのことだったか思い出せない。
――まさか、今までに見た夢の中ではないだろうな――
 ふっとそんな思いがしたのは、いくら思い出そうとしても途中で分からなくなり、袋小路に入り込んでしまうような気がしたからだ。考えないようにしようと思えば思うほど、意識が過剰になってくるようだった。
 お互いに軽い自己紹介をすればいいのだろうが、佐川は性格的に軽い自己紹介であっても、愛tが女性であれば自分に離婚暦があることを口にしないと気がすまないタイプである。
――相手を騙すような気がするからだろうな――
 と自分で勝手に認識しているが、それとも少し違うように思う。だが、それを聞いた相手は、
「そこまでお話くださらなくてもいいのに」
 と口々に言うが、その気持ちの中は、同じ言葉であっても、かなりの差があるのではなかろうか。
 だが、大抵の女性はそこまで話したことで安心感を持ってくれているはずである。
「それなら、私も……」
 と、自分のことも話しやすくなるようで、佐川にとってはありがたい。相手がどうであっても、
――自分のことをまず分かってもらいたい――
 というのが佐川の信条で、相手のことを分かりたいと思う気持ちはその後だと思っている。
 その気持ちが相手に安心感を与えるのだろう。理沙子もそうだった。
「私はね、一応人妻なんですよ。でも、もうすぐ離婚しようと思っていますの。今別居中なんですよ」
 きっと心中は複雑な思いが交錯していることだろう。
「女性って、我慢するところまではギリギリまで我慢できるけど、一旦ダメだと思うと、もう歯止めが利かないのよ」
 という言葉を思い出した。今の理沙子はどのあたりの段階なのだろう。
 女性すべてを一つの枠に収めてしまうのは危険なのだろうが、理沙子を見ていると、ある程度の覚悟はできているが、まだ我慢の限界までには至っていないように思う。もし何かのきっかけがあれば、旦那さんとの寄りを戻せる段階ではないかと思えた。
 しかし、ところどころで見せる虚ろな目は、悩んでいることに疲れてしまった目である。一生懸命に考えても、結局出口の見えない考えに、溜息の一つもつきたくなってしかるべきではないだろうか。
 佐川もそうだった。
 一生懸命に考えれば考えるほど、陥るのは袋小路、そのたびに楽しい思い出が頭をかすめ、
――どうしてこんなことになったんだろう――
 と思い悩む。
――今なら何とかなるんじゃないか――
 と思っている間は、悲しいかな、自分から歩み寄ろうという考えが起こらない。きっと相手も後悔しているはずだと思うからで、男のエゴの悲しさを、まだその時は知らなかった。
 ギリギリまで我慢していても、一旦ダメになってからのことなど、その瞬間にならなければ分からない。
――ここまで変わってしまうなんて、いっそのこと、このまま別れた方が気が楽ではないか――
 と思わせられるほど、相手の威圧が大きい。開き直った人間ほど強くて怖いものはないのだ。佐川は、嫌というほど思い知らされたのを思い出していた。
 理沙子という女性と一緒に呑んでいると、過去を振り返らないようにしているのが分かった。
――ひょっとして口説けるかも知れない――
 いくら別居中だといっても、人妻だと分かっていれば、口説くなどということは今までには考えられなかった。
 理沙子はあまり身長も高くなく、どちらかというとポッチャリ系で、佐川の好みとはまた違っていた。背は高い方が、そしてスリムに見える方が好きだった。
――どこかで見たことがあると思ったのは、以前に熊本に来た時に出会った人に似ているんだ――
作品名:短編集106(過去作品) 作家名:森本晃次