短編集106(過去作品)
熊本というと友美さんの雰囲気を思い浮かべていた。佐川にとって好みの女性であるが、どうしても声を掛けることのできない雰囲気であった。それに比べて理沙子に似た女性とはすぐに打ち解けられた。もちろん、出張だったので、時間があったわけではなく、少し話をしただけで終わってしまったが、佐川の中での熊本のイメージを作り上げたことに間違いはない。
好みのナンバーワンを好きにならない佐川らしいではないか。それがいいことなのかどうなのかは分からないが、佐川にとって、身動きの取りやすい相手を選ぶのは、本能のようなものだろう。
理沙子もその一人だ。しかし、彼女を誘ってホテルに入り、生まれたままの姿に欲情した気持ちは抑えることができなかった。
今までにない新しい発見をしたように思う。
理沙子の反応も過敏だった。身体の表面で、触れ合うことのできる肌を限りなくすべて擦り合わせていたいという願望の元、身体をくねられる。淫靡な香りは身体すべてから発散され、佐川の鼻腔をくすぐる。
――こんな世界があったなんて――
まさしく知らない世界を覗いた気分である。身体が宙に浮いたような感覚になり、相手を求めるだけの素直な自分がそこにいるだけだった。
欲望が果ててしまえば、後から襲ってくる憔悴感のために睡魔に襲われるが、憔悴感も睡魔もなかった。身体中が敏感になって、心地よい瞬間を迎えるのは同じだったが、普段のように一瞬にして消えることはなかった。
心地よさに身を任せていると、
――俺は身動きの取れない身体だと精神的に感じていたが、実は一番自由なんじゃないだろうか――
と感じるようになっていた。
それを教えてくれたのは理沙子であり、理沙子の余韻がずっと残っている熊本という土地だった。
熊本にはいろいろな思い出があり、熊本に来れば、自分の過去を素直に思い出すことができる。
理沙子と出会ったのも偶然ではない。
明日の朝、目を覚ますと隣に理沙子はいないかも知れない。ひょっとして夢だったと思うことだろう……。
( 完 )
作品名:短編集106(過去作品) 作家名:森本晃次