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短編集106(過去作品)

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「田舎者って、おだてておけば結構利用できるものよ。桜井さんが田舎者だって気付いたのは、おだてに弱いところが板についているところからなのよ」
 最初に話した女性の声だった。
 相手は分かっている。いつもお茶を持ってきてくれて、一番桜井を気にしてくれている女性だった。痒いところに手が届くようなそんな女性が、都会にもいると思って感動していた相手だったのだ。
――ただ利用するがためだけのおだてだったなんて――
 そんなバカなと言いたい。
 それからしばらくは田舎で育ったことを恨んだものだ。
 しかしそのうちに、田舎でも都会でもそれほど人間に変わりがないことに気付いていた。むしろ都会の人間の方が狭い領域しか見えていないように思えて、田舎出身であることがそれほど苦にならなくなった。
 そんな時に付き合い始めたのが美恵子である。
 彼女の誕生日をずっと意識していた。普段は、
――なるべく地味な目立たない付き合いをしていこう――
 という意識が強く、背伸びすることを嫌った。だが、誕生日くらいは、気の利いたものを贈りたいと思うのは男として当然ではないだろうか。なるべく美恵子には気付かれないようにさりげなく、
「今何かほしいものってあるかい?」
 と聞いても、
「そうね、もっと自由な時間がほしいわね。あなたとずっと一緒にいられるようなね」
「無理言うなよ。お互いに仕事だってあるじゃないか」
「ふふふ、何ムキになっているのよ。ただ感じていることを言っただけよ。あなたへの希望ではないわ」
 何となくすれ違っているように思える会話だが、美恵子とならばシックリとくる。彼女はさりげない言葉の中に、しっかりとした自分の気持ちを込めている。それが桜井には嬉しかった。
 女性への贈り物というと、指輪やネックレス、バッグなども考えたが、指輪だと一緒に言ってサイズを測るか、サイズを前もって聞き出しておかなければならない。完全にその日まで秘密にしておきたいと思っている桜井にとって、サイズが分からなければならないものはパスだった。
 バッグにしても趣味というものがある。服装によっても変わってくるからだ。服のセンスに関しては、それほど自慢できるものではなく、しかも女性のセンスともなると難しい。コンビネーションを必要とするものもパスだった。
 そうなればネックレスになる。
 服装にしてもそれほど気を遣うこともなく、種類といっても、見た目の違いはそれほどでもないだろう。値段的にもきつくないものを選べば、気を遣っていることにはなるまい。
――だけど、女性というのは、言葉と考えていることが一致するとは限らないからな――
 いくら気を遣わないでほしいと言われたとしても、それを額面どおりに受け取ってもいいものだろうか。相手が期待していることをわざと、
――気を遣わないで――
 というオブラートに包んで話すことくらい、朝飯前の女性も少なくはないだろう。
 果たして、美恵子の誕生日がやってきた。すでにその頃にはプロポーズがまだなだけで、お互いに結婚するという意志は固まっていた。すでにお互い目に見えるところはもちろん、恋人として他の人には見えない相手の隠しておきたい部分もしっかりと見えていた。
 いわゆる大人の関係というやつである。恋人同士となれば気持ちも盛り上がり、どちらからとも慕う気持ちが慕われる気持ちに入り込み、逆に受け入れるところを開いた美恵子が、すんなりと桜井の男を受け入れた。
「ああ、慎吾さん」
 充実した気持ちが美恵子に声を上げさせる。静寂の中での淫靡な声にさらに興奮を高める桜井。男女の営みは静寂からクライマックスを迎える。それが今ではデートでの日課となっている。
 二人ともなかなか仕事の都合がつかず、会えない日々が続くこともあった。若い時の恋愛に費やす時間が長いことをその時に初めて知った二人だったが、それだけに会って愛し合う時に、
――毎日愛し合っているようだ――
 と感じるのだった。時間のひずみの間合いを飛び越えた気分である。
 彼女の誕生日もいつになく緊張していた桜井だった。
 女性にプレゼントするなど、今までには考えられず、特にキザなことは苦手だと思っていたからである。
 しかし、プレゼントは自分で考えていたよりも自然に渡すことができた。少しでも相手が意外な表情をすれば戸惑ってしまって、どうすればいいか分からなくなるかも知れないと考えていたが、取り越し苦労だった。まるで贈呈式のように、脚光を浴び、歓声が上がっているように思えた一瞬だった。
 その後、二人きりで抱き合った後、
「あまり気を遣わなくてもよかったのに」
「気を遣っているわけではないよ。あれが素直な気持ちさ」
「今のように?」
「ああ」
 それを合図にさらに美恵子を強く抱きしめる。お互いの気持ちをぶつけ合った後の気だるさが残る時間に、甘えてくれるのが一番嬉しいことを美恵子が知っているからだ。この時間であれば、甘えの中の美恵子だからこそ、何を言われても気にならない自分がいる。桜井はボッーとした感覚の中で、そのことを理解していた。
 それから三ヵ月後、桜井の誕生日である。誕生日が近づくと美恵子は、
「誕生日のお返しは何がいいかしらね」
 そういいながら楽しそうだ。桜井も笑いながら、
「いいよ、気にしなくても」
 と照れ隠しに言うが、決して嫌ではない。
「私、あなたの住んでいたところに行ってみたいわ」
「俺の田舎にかい?」
「ええ」
 それは結婚の挨拶とも取れる発言だった。美恵子の表情を見ていると間違いないように思える。
 母親に連絡すると、喜んでいた。どんな女性を連れてくるか、大体の想像はつくとも話している。
 近づいてくる誕生日に、桜井の気持ちはすでに田舎へと向っていた。自分が育ってきた環境を、過去へと遡っていく。美恵子と電車に乗り込んだ時には、すでに父が生きていた頃の記憶に戻っていた。この間見た夢を思い出していた。
 田舎でトイレに出かける桜井少年がいる。両親が、襖の向こうで影となって写っている。トイレから人魂のようなものが現われるが、それを見るとかなしばりに遭ったように動けない。
 だが、怖いという感覚はない。動けないことが焦れったかった。その人魂を追いかけたいという衝動に駆られていたからだ。
 人魂は遠くに消える。消えた場所には墓地があって、そこはすでに昼間だった。二人の男女が墓前で手を合わせている。
「お父さん、私たちを見ていてくれているかしら」
「ああ、きっと見ているさ」
 そう言いながら手を合わせている。女性の首からは見覚えのあるネックレス。そして、そこに佇む男を見ていると、影絵のように見えてくる。
 音だけを見つめていると、女性の姿は消えていた。一人佇んでいる男が次第に黒くなり、すべてが影に覆われているようだった。
――絵になる男――
 それこそが、桜井が自分に望んだ姿だった。後姿にこそ自分の優しさが見えている。決して正面からでは確認できるものではないのだ。
 電車から降りて、最初に父の墓前に手を合わせようと言ったのは美恵子である。美恵子も同じ夢を見ていたように思えて仕方がなかった……。

                (  完  )


作品名:短編集106(過去作品) 作家名:森本晃次