殺意の真相
交番にいると、一番一般市民に触れることができる。ちょっとしたことでも触れ合うことができるのはありがたいことで、道案内にしても、例えば近所で喧嘩があったりした時に駆け付けたりすることも、よく刑事ドラマの、
「駐在さんシリーズ」
などで見かけていたが、考えてみれば、それに憧れて、警察官になろうと思った子供の頃を思い出していた。
坂口刑事は、、今までにたくさんの犯人や被害者を見てきた。
犯人の中には、かわいそうなやつもいたし、被害者の中には、
「こんなやつは、殺されても当然だな」
と思うようなやつもいたりした。
要するに、
「表に出ている状況だけで、すべてを判断してはいけない」
ということである。
冤罪になってしまったスリの一件でもそうだ。スリ犯罪という基本的な考え方さえ頭に入っていれば、決して冤罪になんかなることはなかった。挙動不審というだけで犯人にしてしまうなどということが逆の立場だったら、どんな気分になるだろうか。そういう意味では挙動不審な人間なんて、大都会のスクランブル交差点を歩いている人に石を投げれば当たるというレベルのものではないかと思うくらいだった。
高校生の頃は、自分でも閃きもあり、理論的なことも冷静に積み重ねていけば、積み木を崩すように理論を組み立てられるという自負があった。その自負はずっと続いていて、自信となって自分の中でのいい部分として認識していたのだが、それが思い込みであったということを、冤罪を引き起こしてしまった時に気付かされた。
考えてみれば、警察学校に入学した時、自分のそれまで感じていた自信を、まわりのレベルを思った時、自分が自信過剰であったということに気がついてもいた。
しかし、そのことを深く考えず、まわりのレベルに染まっていくことで、その時に感じたことを忘れてしまったようだった。
それがよかったのか悪かったのか分からないが、少なくともあの時に何かもっと感じていれば、冤罪を引き起こすことはなかったのではないかと思うのだった。
坂口刑事は、その自分の思いを誰にも話したことがなかった。気持ちを通わせる友達がいないわけではなかったが、こんなことは人に話すべきことではないという思い込みがあった。
それが、坂口刑事を袋小路に閉じ込めて、それが蓄積してきたことで、あの時の冤罪となったことを、
「気付いてもいいはずだったのに」
と思いながらも、気付けなかった自分を責めていた。
責めることがいいのか悪いのか、よく分からなかった。
それからというもの、坂口刑事は、何かを感じた時、一歩下がって冷静に考えるようにした。
刑事という仕事は、確かに疑うのが仕事であるが、かといってすべてを疑ってしまえば冤罪を生んでしまうことも往々にしてある。
だが、冤罪を怖がって皆相手のいうことを信じてしまうと、犯罪者の思うつぼに嵌ってしまうということもあるだろう。それでは何のための警察官なのか分からない。相手の真意がどこにあるのか、それを理解できるだけの力を養う必要があるのではないかと思うのだった。
今度いく川崎晶子への事情聴取もそうである。
表に出ていることだけを考えれば、彼女が被害者に脅迫状を送っている。それを被害者は人に知られることもなく、自分だけの胸に閉まっていた。これは他の人にバレてはいけないという被害者自身に、悪びれた部分があるからなのか、それとも、身に覚えのないことなので、無視してしまおうという、まったくの逆恨みに近いものなのか、それによっても変わってくる。
もし、彼女が犯人だとすれば、どちらの場合も考えられる。相手を詐欺の本人だということであれば、そのまま仇討ちであり、逆に相手に身に覚えがなければ、逆恨みでしかないが、どちらにしても動機にはなりうることである。
一つの問題として、彼女がこの件について被害者と面識があるかということである。彼女がどれほど詐欺に信憑性を持っていたのかも問題であるが、直接この疑問を本人にぶつけてみたのだろうか。もしぶつけているとすれば、脅迫状の存在はどういうことになるのか。基本的に脅迫状というのは、相手と面識のない人間が出すものではないかと思っているが、それはただの先入観に過ぎないものなのだろうか。そのあたりも少し考えていた。とりあえず、会ってみないことには何も分からなかった。
川崎晶子のマンションは、被害者のマンションからは、少し離れていた。
車でも似十分近くはかかる場所で、その間に都心部があるので、都心から帰る時は、最初から反対方向になるわけだ。
朝の九時半、果たして彼女が在宅かどうか気になるところだったが、昨日会社に電話を掛けると、
「明日はお休みです」
という返事が返ってきた。
それならばと自宅に直撃を書けようというのだが、もし最初からどこかに出かける予定があるのであれば、もういない可能性もあったからだ。
彼女のマンションに来てみると、普通のOLが借りるに無理のない程度の感じが受け取れた。彼女は普通のOLであり、特別な感じもないのだろうと、坂口は思った。部屋は三階のようで、エレベーターで上がると、部屋の前から呼び鈴を押した。オートロックではないのは、女性の一人暮らしとしては、少し気になった。
「はい」
果たして彼女は在宅中だった。
「すみません。警察のものですが、少しお話を聞かせてもらえますか?」
というと、
「はい」
と言って、まだ部屋着を着て、化粧も施していない二十代後半くらいの女性が出てきた。
彼女は二人の刑事を見ると、キョトンとした様子で、どうして自分のとこりに刑事が来たのか分からないと言った表情だった。
――これが脅迫状を送り付けた女の態度なのか?
と坂口刑事は感じた。
「何かあったんですか?」
という彼女の最初に出てきたセリフは想像がついた。
「実は昨日、東雲研三という方が殺されたんですが、その件についてお訪ねしたくてですね」
と坂口刑事がいうと、
「え? 東雲さんが殺されたんですか?」
「ええ、昨日マンションで殺されているのが発見されました」
「まあ、それはそれは、ビックリしました。私は夕べからずっとこの部屋にいたので、そんなことになっているなんて、まったく知りませんでした」
彼女はそう言ったが、坂口は一瞬考えた。
――彼女の供述は暗に自分のアリバイを口にしているように思うが、殺害状況から考えると、いつ彼が死ぬか分からない状態にあったのだから、アリバイは関係ないことになる、彼女はそれを分かっていて、無意識を装うように話したのか、それとも、本当に気が動転して思わず自分への自己防衛本能から、アリバイを立証するかのようなセリフになってしあったのかのどちらかではないか――
と思えたのだった。
「とりあえず、ここでは何ですので、おあがりください」
と言って、彼女は部屋に入れてくれた。奥のリビングはやはり、昨日殺された東雲の部屋よりも一回り小さい感じを受けた。
「おじゃまします」
と言って中に入ると、彼女はそそくさとお茶を入れてくれた。
「川崎さんは、東雲研三氏をご存じですよね?」
と刑事がいうと、