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殺意の真相

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「ええ、知っております。直接の面識はありませんが、ウワサは聞いております」
「どういうウワサですか?」
「あの男は表と裏があって、裏では詐欺行為を行っているというような話です」
「なるほど、詐欺というのは穏やかではないですね。どこでお聞きになったのかはわかりませんが、あなたが東雲氏を恨んでいるということはありませんか?」
 と刑事が聞くと、一瞬動きが止まった晶子だったが、
「ええ、大いに恨んでますね。私が慕っていた男性が彼の詐欺に引っかかって、自殺してしまったんです。その人は私の恩人のような人でした。警察の方がこうやってお訪ねになってこられたということは、私のこともお調べになってのことですよね。それなら隠し必要もないですし、逆に聞いてもらいたいくらいですよ。そうですか、殺されましたか。でも私はその時このお部屋にいましたので、犯人ではありませんよ。一人ではなかったので、一緒にいた人に聞かれてみればいいです」
 と言って、彼女はその人を紹介してくれた。
――ここまでアリバイについていうのだから、さぞや間的なアリバイなのだろうが、もし犯人であるなら、アリバイなんか関係ないことくらい分かりそうなものだけど、このアリバイの申し立てには何かあるのだろうか?
 と、坂口刑事は考えた。
 ただ、坂口刑事は今頭の中で少し彼女に対して同情的になっているのも事実だった。
――この人は、僕と同じなのではないだろうか?
 坂口刑事も、自分が以前冤罪を引き起こし、まわりに迷惑を掛け、交番勤務にまでなったが、その時挫折せずにいられたのは、交番勤務の中で庶民の人たちとの間でのふれあいがあったからだった。
 彼女にも昔盗癖があり、それを恩人と言っているブティックの店長がいたおかげで、立ち直ることができた。しかし、その人が詐欺という一番卑劣に思える犯罪に遭って自殺までしてしまったのだ。この怒りはどこにぶつければいいのか、苦しんだはずだ。
 詐欺という商売は、卑劣極まりないと坂口は思っている。
 殺人などでは、やむにやまれる理由があることも多い。怨恨であったり、相手を殺さなければ自分が殺される。殺されないまでも、自分にはまったく将来がないなどの理由も考えられるが、詐欺に関してはそんな理由はない。
 自分たちが私腹を肥やすことだけが目的で、しかも、全面的に信用してくれている相手を完全にだますのが詐欺というものなのだ。
 それだけに、裏切られた時のショックは計り知れない。
 信じていた相手に裏切られることの精神的なショック。そして、財産を奪われたことでの生きる支えまでも奪われて、二重のショックから自殺を企てるという人も多いのだ。
 自分から手を下しての殺人ではないので、詐欺が立証されて詐欺罪で訴えることができても、自殺を殺人として訴えることはできない。もっとも生きていたとして、犯人が捕まり、詐欺が立証されて彼らが獄中に繋がれることになったとしても、取られたお金が返ってくることはない。それを思うと、生きていたとしても、死ぬよりも苦しい思いをしなければいけないだろう。
 死を選んだことは悔しいが、それを考えると、果たして自分なら、
「生きていれば、そのうちにいいことが」
 などと、甘い言葉を掛けれる自信はない。
 もし自殺をしようとしているのが分かっても、止めることができるのか、そのあたりも刑事としてというよりも、一人の人間としてどうなのかということを考えないわけにはいかなかった。
 坂口はそんなことを考えていたが、果たして川崎晶子がどういう女性なのかを知るという意味で、聴いてみなければならなかったのだ。
 ただ、彼女はわざと落ち着いているように見せたのか、最初から挑発的な態度で、開き直っているかのようにも見えた。それは我々た訪ねてくる前に、被害者が死んでいるということを確信したからなのか、それとも、彼の詐欺についての話だと思ったからだろうか。
 もしそうだとすれば、脅迫状のことは彼が生きていれば、普通に考えると分かるはずがない。
「私は脅迫されているので、捜査してください」
 と東雲自身が訴え出なければ、生きている東雲の家宅捜索などできるはずもないからだ。
 もっとも、彼の詐欺についての証拠が固まって、家宅捜索令状が詐欺事件として出ていればありえないことではないが、もし今出るのであれば、それなりに誰かがリークでもしなければありえないことだ。そんなに簡単に尻尾を出すような連中ではないことは分かっていることだった。
「ところで、東雲さんについてはどこまでご存じなんですか?」
 と刑事が聞くと、
「詳しいことは知りません。自殺した恩人の方の生前も、その名前は聞いたことがありませんでした。ただどうやら、詐欺に引っかかったのは、私のためでもあったようです。私だけというわけではないのでしょうが、お金を儲けて私のような非行に走った青少年を少しでも援助しようと考えてくれていたのは事実です。私が昨日ここで一緒に夜を一緒に過ごした女性も、元は私のように非行癖があったんです。でも、恩人の方のご助力で、立ち直った仲間なんです。昨日はその人を偲びながら、一緒に過ごしたという私たちにとっては神聖な日だったんです。そんな日に敵である東雲が死んだというのも私は運命を感じますね。気の毒だとはまったく思いません。当然のことだったと思うだけです」
「当然のことですか? じゃあ、脅迫状を送ったのは、あれは本気だったということでしょうか?」
 と、ここで初めて脅迫状の話をしたが、彼女はさしてビックリする感じもなかった。
「もちろん、何かをしようという気はありません。刑事さんはそれで私がお金を揺すろうとしたり、殺しに関与したりと思っているのかも知れませんが、そんなことをしても、あの人が帰ってくるわけではありませんからね」
 と言った彼女の顔は落ち着きに満ちていた。
 彼女は殺しに関して。
「関与」
 という言葉を口にしたのが、坂口刑事には気になっていた。
 それはまるで、
「私は主犯ではない」
 ということを匂わせているようで、もしそれが当たらずとも遠からじの発想であったなら、彼女は、
「犯人を知っているのではないだろうか?」
 という思いが擡げてきた。
 そしてその場合は彼女は自分が犯人であるわけはないと匂わせているようにも思う。
 実際に彼女の言い回しは、彼女を犯人として指摘できるようなイメージではないのだった。
 さらに、彼女は何もしていないという理由を、
「死んだ人が帰ってこない」
 と言い切った。
 もし、人を殺しているのであれば、そんな言い方はできないような気がしたからだ。恩人に対しての思いは並々ならぬものがあるだろうが、人を殺すという罪悪に感じて、彼女はそれなりに重さを知っているように思えた。それが、彼女の最後のセリフに含まれているようで、
――川崎晶子という女性は、思っていたよりもしたたかそうだけど、どうも殺人が平気でできるほどの人にはどうしても思えない――
 と感じた。
作品名:殺意の真相 作家名:森本晃次