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殺意の真相

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 そもそもお咎めが最初からあるくらいだったら、お上に訴え出るという方法もあるのだが。詐欺グループがそんなへまをやるわけもない。何しろ、やつらには法律の専門家がついているはずであり、法律を知らない連中にできるはずもない頭脳犯罪なのだ。
 これを芸術のように表するやつもいるが、確かに鮮やかな手口は芸術的なのだろうが、そんなことで芸術という言葉を使うのは、間違いなく芸術への冒涜である。
 そう思うと、坂口刑事は。まだ会ったことがない川崎晶子という女性がどういう女性なのか、自分の中で創造がついていないことが気になっていた。
 彼も刑事の端くれなので、会う前から少々のその人の基礎知識があれば、大体の想像がつきそうなものだと思っていたが、今回はその想像力が働くような気がしなかった。まだ会う前から彼は、川崎晶子という女性に何らかの魅力を感じていたのかも知れない。ただそれがいい意味なのか悪い意味なのかは分かっていなかった。
――とにかく、彼女は自分の彼氏が詐欺に騙され、自殺させられた被害者でもあるんだ。取り扱いには十分に注意しなければ――
 と、いう認識を改めて持った。
 刑事というと、どうしても市民からは、
「人情味のない人たち」
 というイメージが強く、事件解決のためには、どんな方法をも用いる人で、さらに、所轄違いということなどで、内輪でくだらない争いをする人たちというイメージを持たれていると感じていた。
 実際に坂口刑事も、今までに強引な捜査を行ってきた。時には善意の第三者を事件に巻き込んでしまったり、まったく事件と関係のない人を犯人と見込んでしまったことで、強引な取り調べをしてしまったりということもあった。
 刑事になりたての頃は、
「凶悪犯を捕まえるためには少々のことは仕方がない」
 と思っていたが、実際に捜査をしてみると、警察の強引なやり方にひどい目に遭った人も少なくはないようだった。
 いくら仕方がないとはいえ、凶悪犯を許すまじという信念と、一般市民の平和を守るという信念とがどうしてもジレンマを呼んで、悩んでしまうことも多かった。今ではだいぶよくなってきたが、それも自分の事件捜査の行き過ぎが招いたことであった。
 あれは、刑事になってから一年が過ぎたくらいのことだっただろうか。朝の通勤電車の中で、不審な動きをしている男性がいた。その前にエコバッグのような手提げかばんを持った老人と言ってもいいくらいの女性がいて、どうもその男はその女性の懐を狙っているようだった。
 冬の時期ということもあって、パーカーのような服を着ていて、半分フードを頭に引っ掛けたような様子がいかにも怪しかったのだ。
――人に顔でも見られたくないというような行動だ――
 とでも見えたその姿は、坂口刑事の目をくぎ付けにした。
 その時、坂口刑事は防犯課ではなかったので、刑事としては管轄外でもあったのだが、さすがに気が付いてしまったものを見逃すわけにもいかない。だが、坂口刑事は、その時、完全に盗犯についての基礎知識を知らなかったのだ。
 いや、知っていたかも知れないが、警察学校で習ったくらいの知識なので、専門的には分かっていなかったのも仕方がないだろう。
 盗犯というものは、基本的に単独犯というよりも、組織犯罪の方が多い。テレビでもよくある方法として、一人が実行すると、後はバトンを渡していくかのように、ブツをパスしながら、誰が持っているのか分からずに、結局、皆がグルなのだから、犯罪が露呈しても、捕まることはない。犯罪が露呈した時には、すでに犯人グループも現物も、その場から消え去っているに違いないからだ。
 犯人グループは、一方向に逃げることはない。放射状に逃げるのだから、一人で捕まえようとするならばm一人をターゲットにするしかない。
 もし捕まえたとしても、現物がないのだから、証拠があるわけではなく、相手から、
「刑事さん、どうしてくれるんですか? 何もしていない僕を捕まえるなんてどうかしていますよ。そんなことだから犯罪は減らないし、その分、冤罪も増えるんですよ」
 と言って、嘲笑われるに違いない。
 それは完全に屈辱である。自分はそんなことを経験したことはなかったので、坂口は気付かなかった。
 しかも、その犯人と目される男は挙動が不審なだけで、度胸があるようには思えない。考えてみれば、集団犯罪が主流のスリに、単独で挑もうとするなら、その道のプロでなければいけないだろう。どう見ても、その男がプロに見えるわけもない。しかし、鼓動不審という先入観が若い坂口を盲目にしてしまった。
 ちょっとしたはずみに電車が揺れた。坂口は、
「これはやったな」
 と思い、そそくさと男に近づいて。
「ちょっとこっちへ」
 と、小声で呼びかけながら、警察手帳を示した。
 まだ、大声で彼を犯人扱いしなかっただけでもよかった。もし、ここで大声を出していれば、パニックになっただろうし、さすがにそこまでは彼は冷静さを失ってはいなかったのは不幸中の幸いだった。
 しかし、電車から下ろして、彼の顔を見ると、真っ青になっていた。明らかに度胸がある顔にも見えず、いきなり警察に呼び止められたのだから、それは彼でなくともビックリするというものだ。何しろ彼には何も悪いことをしたという覚えがないのだからである。
 その時に気付けばよかったのだが、もうその時は頭の中は彼が犯人であるということを疑う余地もなかった。
 手柄を挙げたという意識もあったわけではなかったが、検挙できたことで、正義感のようなものが頭をもたげたのは無理もないことだろう。
 そのまま駅の公安室に連れていき、身体検査を行ったが、彼が所持していると思ったものは何も発見されなかった。
 彼はまだ怯えていた。その時初めて、坂口は自分が間違っていたことに気付いた。
―ーそうだ、こういう犯行は、集団で行うのが常だった。単独犯で行う場合はよほどのプロしかいないだろうが、最近ではそれもめっきり減っていると聞いている。こんな臆病を絵に描いたような男に、単独で窃盗が行えるはずないじゃないか――
 と自分に言い聞かせた。
 それは、後からきた窃盗犯専門の刑事からも、
「坂口さん、早まったことをされたようですね。彼は何も所持していないし、我々が把握している窃盗グループの中にはいないですね。早く帰してあげる方がいいですよ」
 と言われたので、坂口は阿多あを深々と下げ、
「申し訳ございませんでした」
 と陳謝した。
 この時、先ほどの彼を呼び止める時に、こそっと行ったことが功を奏してきた。もし彼がマスコミにリークでもしたり、ネットで拡散でもすればどんな目に遭っていたかと思うとゾッとする。その点彼は、見た目に似合わぬ紳士だったのである。
 そんなことがあってから、坂口は捜査にはより慎重になり、さらに考えられることをすべて考えてから、捜査に当たることを信条とするようになった。
 ただ、警察としては、彼を一年間、もう一度交番勤務に戻すことにした。期限付きなので、また刑事課に戻ってこれるのは分かっていたが、そこでの一年間というものが、彼をいい方に変えてくれたのはよかったと言えるだろう。
作品名:殺意の真相 作家名:森本晃次