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殺意の真相

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「そういえば、東雲社長は、家の方でハチを飼われているというような話を聞いたことがあります。以前社長にもここで同じように紅茶をお出ししてハチミツをお勧めした時なんですが、自分もハチを飼っていて。それもミツバチではなく、スズメバチだというんですよ。どうしてそんな物騒なものを飼っているのかって聞いたんだけど、はぐらかされちゃった。きっとウソだったんでしょうね」
 と言って彼女は笑った。
「うん、そうだろうね。素人がスズメバチを飼うなんてなんか考えにくいし、どうしてそんなウソを言ったんだろう? 社長はウソをつくことが好きなんですか?」
「人を驚かせることは好きだって言っていたわ。でも、スズメバチを飼っているなんていうウソにはそんなに驚くことはないですよね。驚くというよりも、ゾッとして気持ち悪いくらいですよね。それを聞いただけで引いてしまう気がする」
 と、如月祥子は言った。
「なるほど、人を驚かせるにしても、少し趣味が悪いですね。社長はそういう悪い癖のようなものがあったのかな?」
「ええ、あったと思うわ。だから会社でもあまり社長と話が合う人はいなかったみたい。社長というと、上の人だから話しにくいという人なんでしょうが、あの社長は社長の方から近づいてこようとしても、社員が逃げるというタイプの人だったようですね」
 というではないか。
 この話を聞いて坂口は、
「おや?」
 と思った。
 こんな不細工な雰囲気の人が、果たして詐欺なんかできるだろうか。人を欺くための仮の姿だというのであれば分からなくもないが、今まで聞いてきた社長のイメージで、人を欺くことができるような感じはなかった。そんな人が自分から人によっていくはずなどかいからである。
「そういえば、刑事さんはアナフィラキシーショックってご存じ?」
 と聞かれて。
「聞いたことはあるけど、どんなものなんだっけ?」
 と、本当は知っていたが、このことをなぜ今、
「そういえば」
 と言いながら切り出してきたのか。それを知りたい気がしたので、知らないふりをしてみたのだ。
「アナフィラキシーショックというのは、一種のアレルギーなのよ」
「アレルギー?」
「ええ、アレルギーには、動物によるもの、植物によるもの。食べ物によるもの、中には金属やゴムに対してのアレルギーもあるのよ。牛乳だったり、ピーナッツなどの木の実だったりは有名で、植物であれば、春と秋にある花粉症なんかもそうよね」
「はい、それは分かります」
「さっき話題に上ったハチの毒というのも、実はアナフラキシーショックを引き起こす現認になるのよ」
「ハチの毒が?」
「ええ、よくハチに二度差されたら死ぬという話を聞いたことがありませんか?」
「ええ、よく言いますね」
「それはね、ハチの毒牙人を殺すわけじゃないの。例えばスズメバチに刺されたとするでしょう? それだけでは人は普通は死なないのよ。そして一度刺された人がもう一度刺されると死ぬことになるの」
「二度目の方が毒牙回りやすいということかな?」
「そうじゃないの。ハチに刺されると毒が身体の中に入るでしょう? すると身体が反応して、その毒に対して免疫力を作るために抗体ができるのね。で、二度目に刺されると、ハチの毒とその抗体とがアレルギー反応を起こすの。それがアナフィラキシーショックというのよ。だから、ハチに刺されてその毒が回って人が死ぬわけじゃないの。人が死ぬのは、アレルギーでのショック死なのよ」
「なるほど、それでアナフラキシーショックというんだね?」
「ええ、単純に毒で死ぬわけではなく。一度刺されると抗体ができる。その抗体が今度は二度目に刺された時にショック状態を引き起こす。そうやって段階を踏むことで、人はハチに刺されて死んだことになるんですよ」
 と、いう彼女の熱弁を聴いていたが。またしても、坂口の中に違和感のようなものが走った。
「おや?」
 と感じたのだがその思いがどこから来ているのかすぐには分からなかった。
 いつもであれば、すぐにでも閃くはずだと思うのに。今日は少し時間が掛かりそうだ。きっとそれだけ頭の中で理論を組み立てているに違いない。
 実は目の前でアナフィラキシーショックの話を始めた当も本人である如月祥子も何か考えながらというか、自分の言葉を一言一言確かめているかのように話しているのを感じていた。
――どういうことなんだ。ここだけ時間が止まりかけているように思うのに、時間が止まるどころか、少しでも普段と同じように感じさせるのは、何かそこにあるからなのだろうか――
 と坂口は考えていた。
 そもそも、アナフィラキシーショックの話を始めたのは、
「そういえば」
 といいながらなので、最初から会話の計画に入っていたわけではない。
 坂口は、他の刑事たちと違って事情聴取にわざわざ赴く時、最初にアポイントを取る。警察なのだから、ドラマなどのように、いきなり突撃して警察手帳をちらつかせてもいいはずだ。
 しかし、坂口はそんなことはしない。別に不意打ちを嫌っているというわけではなく、彼なりの考えがあるからだった。
「アポイントを取っていけば、相手も考える時間があるだろうから、理路整然とした話が聴ける」
 というのが彼の考えだった。
 しかし、他の刑事はというと、
「アポイントを取らなければ、相手はパニクってしまって、予期せぬことをポロッと蒸らすかも知れない」
 という考えがあるわけではない。
 ただ、漠然と相手に余裕を与えないようにという思いはあるかも知れないが、それは相手が重要参考人の時はいいかも知れないが、ただの聞き取り程度であれば、それは却って逆効果だ。普通の聞き取りであれば、すべてにおいて真実でなければ事件の真相を得ることはできない。
 犯罪捜査において、目的は大きく分けて目的は二つである。
 一つは言わずと知れた、
「真犯人を探すこと」
 であり、もう一つは、
「事件の真相をしること」
 である。
 この二つは関連性があり似ていることであるが、あくまでも事件の真相の中に真犯人というものがある。真相を知らずして真犯人もないのだが、事件の全貌を知りためには、真犯人の告白が必要不可欠なものだったりする。
 つまり、真犯人が分かっても、刑事にとっても事件はまだ終わりではない。前述のように、真犯人を犯人として起訴するには、事件の真相を裏付けるための証拠が必要で、その時に事件性の有無も当然考えられる。ここでいう事件性というのは、
「起訴して公判を維持できるかどうか」
 というのが大きなカギになってくる。
 そのためには、犯人が見つかる前の関係者に対しての事情聴取も重要である。決して真実以外が法廷で語られてはいけないのだ。
 一度冤罪事件を起こし、刑事としての尊厳もプライドもすべて失った坂口だからこそ、考えられる発想であった。
 そんな風に考えてみると、坂口もこのアナフィラキシーショックという言葉で、自分にも何か思い当たることがあるのに気付いていた。それが目の前にいる如月祥子が言った、
「そういえば」
 という言葉に続く感情と同じものなのか分からないが、坂口にとっても、アナフィラキシーショックという言葉を思い出した時、
「そういえば」
作品名:殺意の真相 作家名:森本晃次