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殺意の真相

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「分かりました。後で連絡先をお教えします」
 と言って、彼女は連絡先を確認し、部下の刑事に渡したのだった。
「今日はありがとうございました。またお伺いすることもあるかと存じますので、その時はまた」
 と言って、二人は如月祥子の部屋を後にした。
 二人は、そのまま何も言わずに署に戻ってきたが、坂口刑事の方では何らかの考えがあるようだった。どうして彼が勧善懲悪などという話を持ち出したのか、部下の刑事には分からなかったが、少なくとも勧善懲悪という観点からいけば、川崎晶子の方が強いような気がする。そういう意味で、二人の間に何かを感じたのではないかと思うと、今は何も言わない坂口刑事の様子を後ろから眺めるだけしかなかったのだった。

              各務原という男

 捜査本部に帰り、門倉刑事に報告をした。
「川崎晶子と、如月祥子のどちらが事件に深く関わっているのかと言われると、明らかに川崎晶子の方だと思います。だが、川崎晶子はあからさまな動機のようなものがあるのですが、彼女の犯行だとすると、どうも一歩何かが足りないような気がするんです。確かに動機という意味では確固たるものがあるんですが、性格的なものというか、どうも彼女が犯人ではないものを感じるんです。逆に如月祥子の方ですが、彼女は本当にドライな性格のようです。興味のないことはまったく目を向けることのない感じですね。きっと今の自分の境遇や育ってきた環境がそういう彼女を形成したのでしょうが、ただ、静かに燃えるタイプだという感じがしました。動機という意味でもほぼ考えられない気がします。頭がいいからなのか、我々が疑っているという意識はあるのでしょうが、決め手になるような動機や証拠もないので、彼女からすれば、自分は蚊帳の外にいてもいい立場だと思っていると感じます。だけど、私には彼女がこの事件にまったく関係がないという気がしないんです。犯人であるかどうかは別にして、重要なところで何かが関わっているという感じですね」
 と、坂口刑事は、女性二人の事情聴取からそう答えた。
「二人の事情聴取はどうだったんだい?」
「川崎晶子の方は、敢えてあまり質問をしませんでした。彼女は性格的にウソがつけないタイプではないかと思ったんです。だから逆にパニックになったり、自分に身に覚えがあることを突き詰められると、余計な神経が回ってしまって、ウソがつけないくせにごまかそうとする。そういう人を追い詰めると、まったく予想もしていないこと、それは本人にも分かっていないようなことを言い出しかねないような気がしたんです。だから私は、必要以上な質問をしませんでした」
 と、坂口刑事がそういうと、
――そういうことだったのか――
 と部下の刑事は思わずうなずき、納得させられた気がした。
「今度は如月祥子の方ですが、彼女は実に落ち着いていて、最初から計算をしていたような気がします。もちろん、我々がどんな質問をしてくるかなどをシミュレーションして、答えを考えていたはずです。最初から考えていないと答えられないと思うような回答がズバリと返ってきましたからね。それは彼女の性格によるもので、普段から考えていることを口にしたともいえますが、それだけ普段からいろいろ考えている人は抜け目もないものです。だから、如月祥子には、なるべく、話を膨らませるようにしました。唐突な話をしてみたりして、反応を見たのですが、まったく慌てることはありません。こちらの術中に嵌らない方にしているのか、それとも、普段の会話から、自分の土俵で会話をするという癖がついているのか、実に冷静で、最初から最後までそれは変わりませんでした。あのような人にウソがつけるような気はしませんので、別にウソはついていないのではないかと思いました。ただ、一つ、これは考えすぎなのかも知れませんが、『言葉が足りないのは、ウソをついているわけではない』という言葉がありますが、彼女にも同じ思いがあるとすれば、何かを隠しているとしても、それを彼女は悪いことだとは思っていないのだとすれば、それを彼女から聞き出すのは難しいことではないかと思いますね」
 と言った。
 それを聞いた門倉刑事は、
「なるほど、その通りかも知れないな。君は二人とも事件に何らかの関係はあるが、犯人であるという断定にまでは至らないということだな?」
「ええ、犯人だという目で私は見ることは今の段階では見ることはできません」
 というと、
「じゃあ、如月祥子にはパトロンがいるというではないか。その男はどうなんだい?」
 と門倉刑事が聞くと、
「それも質問してみました。でも、うまくはぐらかされたわけではなく、ハッキリと彼は関係がないと言い切っていました。下手にはぐらかされるよりも、言い切られる方が何かあるのではないかと疑いたくもなりますが、彼女に関しては、ウソは言っていないと思うのです。あくまでも私個人の感想でしかないんですけどね」
 と坂口刑事がいうと、
「いやいや、坂口君の目には私も十分に信頼をしているんだ。その君が、今の段階で自分の意見を言ってくれるのは私もありがたい。もちろん、全面的に信用して、捜査に抜かりがあってはいけないとは思うんだが、重要な意見を聞き逃すのは、捜査主任としては失格だからね。それに君のことは捜査課長も信頼しておられるので、君は自分の捜査をしてくれればいい、もちろん、捜査方針に従ったうえでだね」
 と門倉刑事は言った。
 門倉刑事は、坂口刑事に対して、
「自分が刑事になりたての頃になかったものを、すでに兼ね備えているやつだ」
 と思っていた。
 ただ、気になるのは、冷静であるがゆえに、思い込みがあってはいけないということであったが、彼を自由に捜査させている分にはその心配はなかった。逆に彼を捜査本部の殻の中に押し込めてしまうと、反発しようとする意識が生まれるのではないかと思えた門倉刑事は、坂口刑事を余計なしがらみのない方法で生かそうと思っていた。最近捜査主任へと昇進した門倉刑事は、まずは部下の長所を伸ばすことに専念しようと思っていた。一番の信頼が置ける部下として坂口刑事の名を挙げるが、
「やつは、俺が思っているよりも、もっと優秀な人間なのかも知れない」
 と、見れば見るほどに感じてきた。
 そして最終的に彼を生かす方法として、
「彼を閉じ込めないことだ」
 という結論に落ち着いた。
 これは、何度も堂々巡りを繰り返した中で得た結論なので、間違いない、何度も同じことを考えるのだから、その信憑性は高いものだろう。
 坂口刑事も、門倉刑事の期待は分かっている。しかし、それを意識してしまうと、せっかく門倉刑事が自由にやらせようとしてくれているのをプレッシャーにしてしまいかねないと思ったことで、余計なことは考えないようにした。そもそも、坂口刑事にプレッシャーなどという言葉が当て嵌るとも思えない。それは他の誰に聞いても同じ答えが返ってくるレベルではないだろうか。
「門倉さんの背中を見つめていると何か心地いい」
 と感じていたが、先輩として従える数少ない人だと思っていた。
作品名:殺意の真相 作家名:森本晃次