殺意の真相
どうやら、男女の間に存在する欲望というものを彼女は、社長に対しては感じていないのだと思ったが、この思い出したようなうっとりとした表情は、欲望以外の愛情が、二人の間に存在していたのかも知れないとも思えた。
――こういう女がもし、嫉妬を感じたりすればどうなるのだろう?
と一瞬考えた。
嫉妬心などとは遠い存在に見える彼女を見ていると、今日の雰囲気をどう解釈すればいいのか考えてしまう。部下のように昨日も見ていて。今日もまた違った雰囲気になっているであろう彼女の両面を見ていたとしても、同じことを考えたかも知れないと感じていた。
「ところで、社長とは少し離れた話で、少しプライベートに突っ込んでしまうお話になるかも知れませんが、構いませんか?」
と、切り込むように坂口刑事が訊ねた。
「いいですよ。その質問も必ずしてくるという覚悟はちゃんと持っていましたからね」
と、最初から分かっていたとでも言いたげな様子は、今までにない挑戦的な態度に思えた。
「如月さんは、スナックに勤めるようになって、パトロンのような人がいるというウワサを耳にしたんですが、それは本当でしょうか?」
と切り出した。
「パトロンというと、まるで私が愛人でもあるかのように聞こえますよね。一般的に見ればそうなのかも知れないですが、私にとっての彼は、あくまでも『あしながおじさん』のような存在だと思っています」
「というと、少し立ち入った話になりますが、いわゆる肉体関係はないということでよろしいんでしょうか?」
と切りこむように坂口刑事が言った。
「そこは、ハッキリとは申せません。私はあくまでも愛人ではないと言っただけです。それは肉体的な関係があったのかなかったのかというよりも、それ以上に精神的なつながりが深いということです。私のあの人を尊敬していますし、あの人は私を愛でてくれています」
と、うまくかわすかのように冷静に彼女は答えた。
それはまるでこの質問をされることが最初から分かっていて、それを肯定させないかのような言い回しだとすれば、彼女の頭のよさやしたたかさを垣間見ることができる。
「なるほど、、あなたにとって、自分たちの関係がイーブンであると言いたいわけですね。私もあなたの意見には賛成です」
と坂口刑事も軽く流すように言った。
「今回の事件には少なくとも彼は関係ないということをハッキリと申しておきたいという意味もあって、否定させていただきました」
「それを言い切るというのは、あなたも、この事件には関係がないということが証明されないと難しいかも知れません。何しろあなたがもしですよ、この事件の容疑者の一人として浮かんでくれば、あなたを奪われたくない一心ということもありえますからね。我々としては無視することはできません」
と坂口刑事は、当然のごとく、そう言った。
少し、如月祥子は黙っていたが、それを見て、坂口が続けた。
「彼は、社長と面識があるんですか?」
「多分、ないと思います。少なくとも私が知っている限りではないと思います。彼も社長を意識しているわけではありませんし、私が昼間社長の会社で働くと言った時も、彼は別に反対も何もしませんでした」
「夜はホステスをしながら、昼間も会社で働くというのは、何かそれだけの魅力があったんですか?」
「楽なお仕事だというのが一番でしたね。それに彼の本体である会社とは、ほとんど関係がないということだったので、煩わしい人間関係はないのも魅力でした。夜、こういう仕事をしていますと、何を言われるか分からないというところもあり、私にとってはあまりいい環境ではありませんからね」
と言った、
「そういえば、社長の葬儀などはどうなっているんですか?」
「昨夜はお通夜だったようですが、私は一度弔問に出かけただけで、すぐに帰ってきました。本日は大安なのであすが告別式になるらしいのですが、私は出席をしません。葬儀は親戚と会社内だけでしめやかに行うということでしたので、本体の会社が主催する葬儀に私が参加する謂われも資格もないということですね」
と、気が楽なような言い方をしていたが、その表情には明らかな寂しさが滲んでいた。
――彼女と社長って、どこまでの関係だったのだろう?
と坂口刑事は考えていたが、よく分からない。
「それは、少し寂しい気がしますね。ところで、今お勤めになっている昼の会社はどうなるのですか?」
と聞いてみた。
「私にもハッキリとは分かりません。ただ、社長がなくなったことで、あの会社の所有は本体の会社付けということになったようですから、たぶん、なくなると思います。本体の会社側では、私の会社をあまりよく思っていなかったようです。実際に詐欺のための会社なんじゃないかなんていうウワサもあったくらいですからね」
と彼女は言った。
「あなたは、詐欺に加担されているんですか?」
と、いきないr切り込んだ。
「まさか、そんなはずないじゃないですか。いくら私が素人だとはいえ、詐欺かどうか分かりますよ。詐欺を行うための会社なら、私以外にも他に社員がいると思います。ただ、私があの事務所にいるだけで、掛かってきた電話に応対するのは、相手が相談してきた会社をリサーチして、その会社が困っていることを研究し、アドバイスをするというような会社に対してのカウンセリング会社を設立するための、一種のプロセスなんだと言っていました。いずれは新しい会社を設立すると言っていたんですが、ここはあくまでもその繋ぎなんだという説明でしたね」
「あなたは新しい会社が設立されたら、そっちに行くんですか?」
「そのつもりはないと社長には話しています。だから、社長は私に必要以上の仕事もさせないし、それはきっと秘密保護の観点があるのではないかと私は感じています」
と、如月祥子は言った。
「なるほど、それではあなたはあくまでも社長とはこの会社だけの関係で、本体と言われた母体となる会社とは関係ない。向こうの会社の人間も知らないということでいいわけですね?」
「ええ、そう思っていただいて結構です」
「分かりました。ところで、少し話は変わりますが、如月さんは勧善懲悪という言葉に何か感じることはありますか?」
またしても、坂口刑事は切り込みを入れたが、今回はまた違った視点からの切り込みで、如月祥子も戸惑っていた。
「勧善懲悪ですか?」
「ええ、正確な意味はまた違うんでしょうが、概ね、正義を助け、悪をくじくというような意味ですね」
「私はあまり世間に興味があるわけではないので、何とも言えませんが、あまり考えたことはありませんね。自分のことだけで精一杯ですから。ただ、勧善懲悪というものが本当に正しいのだとすれば、今の世の中はあまりにも報われない世界であり、理不尽が横行していると思います。完全調悪なんて、ただの考え方であって、現実的ではないのではないかと思いますね」
と如月祥子はそういうと、目を瞑って、少し考えているようだった。
「いや、これはいきなりすみません、こんな質問をしてですね。今日はこれくらいでいいと思います。ちなみに、先ほど社長が殺された時に一緒にいたという方、お教えいただきますか? 一応、裏を取る必要がありますので」