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殺意の真相

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 と言っておいたので、時間としては少し遅くなり、そろそろ三時近くなってきたが、約束は取りつけておいたので大丈夫だろうと、部屋に向かった。
 呼び鈴を鳴らすと、彼女が出てきてくれた。その表情を見た時、もう一人の刑事は一瞬たじろいだ様子だったが、それはきっと、昨日とはまるで別人の女性が出てきたからであろう。
 坂口刑事はそれくらいのことは想像がついていたので、部下がビックリしたのを見て、驚くことはなかった。中から出てきた女性はジャージに髪をオールバックにしたかのように後ろをカールで巻いているようないで立ちで、いかにもスッピンだった。まさか部下の刑事も、相手が恋人にでも会うかのようなおめかしをしているとは思ってはいなかったが、それなりに人に遭う程度の化粧くらいはしているだろうと思っていた。それだけ今日の我々が、
「招かざる客だ」
 ということになるのであろう。
「お待ちしていました」
 と言って部屋に招き入れてくれたが、今度は部屋の中に入ってさらに部下はビックリしているようだ。
――そんなに何をビックリしているんだ――
 と半分呆れていた坂口だが、彼もまだ自分が新人の頃であれば、同じような驚きを示していたかも知れないと感じた。
 彼女の部屋は、最初に出てきた化粧もしていない雰囲気に比べて、実に綺麗に整理されていた。
 ゴミ一つ散らかっているわけでもない。どんなものでも、この部屋にあるものはすべてが必要なものであり、その場所が決まっていて、初めてきた人でも、どれがどの場所にあるかが容易に分かるかとでも思えるほど、綺麗に区画されていっるのだった。
 彼女の部屋を見ていると、
「整理整頓というのは、区画決めなんだ」
 と思わせる部屋であった。
 あるべきものがあるべき場所にあるというのは、当たり前のことだが、それができている人がどれほどいるだろうか。ほとんどの人間が、あるべき場所が分からずに適当に置いてしまったことで、整理がつかずにいるのだろう。綺麗に整理されている部屋を見て、神経質だと思うのはあくまでもその人本人のこだわりを他人が分かっていないからだ。整理整頓も一種の芸術であり、ひょっとすると才能が必要なものなのかも知れない。
 ということは、まったく才能がなく、整理整頓ができない人も存在するだろう。世間ではそういう人間は、ズボラであり、仕事もできないと決めつけているが、果たしてそうだろうか。ただ単にそっちの才能に長けていないというだけで、他の才能には長けているかも知れない。確かに整理整頓ができる人は、仕事が捗るという意味で、仕事はできるのだろうが、整理整頓ができない人が、仕事をできないと決めつけるのは、尚早ではないかと思えてくるのだった。
――きっと彼女は、整理整頓が好きなんだろうな――
 と見ていて感じた。
 別に掃除が好きだという感覚はない。ただ、綺麗な部屋にいるのが好きな人は、掃除に関しても最短で綺麗にできる能力を兼ね備えているのかも知れない。頭の中で無意識に行う計算は、間違いなく正しい答えを示しているように感じられるのが、彼女の役得なのかも知れないと思った。
 被害者が、彼女を自分の会社の事務、しかも秘密の会社の事務員に選んだのも分かる気がする。それが彼女の綺麗好きな部分とは限らないが、ある意味潔癖症なところがあるのではないかと思うと、その部分を社長は気に入ったように感じた。
 しかし、彼女の潔癖症は完璧なものではない。本当に潔癖症であれば。家にいる時もここまで普段着をズボラに着こなすことはできないだろう。ある部分に関して潔癖症な部分を醸し出している人は少なくなく、そこが彼女の魅力の一つなのではないかと思えてきたのだ。
―ー話し方も理路整然としているかも知れないな――
 と、坂口は感じた。
 久しぶりに話をしていて楽しめる相手ではないかと感じたのだ。
「こちらは、私の先輩の坂口刑事です。坂口さん、こちらが如月祥子さんです」
 と言って、それぞれを部下が紹介した。
「初めまして、坂口と言います。今回は社長さんがあんなことになってしまって、まことにご愁傷様です。昨日は部下がお邪魔して、今日は私がまたやってきてご質問にお答えいただけることに感謝いたします。如月さんも何か気になっていることがあれば、遠慮なくおっしゃってくださいね」
 と坂口刑事は軽く挨拶した。
「ええ、こちらこそ、社長のことではご苦労様です。私のことはもうお調べだとは思いますが、社長が最近始めた新たな事業を行うために立ち上げた会社で、事務をしております」
「ところで如月さんは、社長の会社にいつ頃入社されたんですか?」
「私は夜にスナックでホステスもしておりますので、そんなに頻繁に会社には入れないと話をしたんですが、社長がいてくれるだけでいいからというんです。電話番のようなもので、それほどかかってくることもないということでした。実際に私が事務を初めてから一週間ほどですが、一日に二、三件問い合わせがあるくらいです。それも問い合わせと言っても何か分かって相手が聞いてきているのではないかと思うような話でした。事業に関しては私にもまだ内緒のようで、会社発起人の人たちの間で秘密裏に動いているようでした」
「何か怪しいという気はしませんでしたか?」
「先ほども申しましたように、私はホステスをしていますので、いろいろな方がお客様でおられます。こういう会社があるというのも聴いたことがありましたし、実際に新たな事業の設計図のようなものも見せていただいたこともありました。肝心なことは私にはお教え願えませんでしたが、私が安心して仕事ができるような配慮はしてくれていたんです。だから怪しいという感覚はありませんでした」
「ところで社長というのはどういう方だったんですか?」
「私も知り合ってから、まだ数か月なんですよ。社長はお店の常連さんで、時々いらしていたのは知っていたんですが、会話をしたことは、最初の頃はなかったんです。それがママさんから勧められて、
「あちらのお客さん、東雲さんというんだけど、会社の社長さんなのよ。せっかくだから、まみちゃん、お話してくればいいのよと言ってくれたんです。ちなみにまみというのは、私のお店での源氏名ですけどね、その時初めてお話したんですけど、最初は社長さんというから、上から目線の気取った人を想像していたんだけど、本当に紳士だったんですね。決して欲望を表に出そうとしないところがあって、女は欲望を剥き出しにされると引いてしまうけど、欲望を抑えているのが分かる人には惹かれるものなの、でもあの社長さんは抑えているという感じがないのよ、本当に紳士で、会話もぎこちなさがまったくない。だからお互いに初めて会ったような気がしないって言って。最初から気が合っていたわ」
 そう言いながら、うっとりと何かを思い出しているようだった。
――この女は社長に惚れていたのであろうか?
 とも思ったが、それなら殺されたのだから、もっと取り乱したような態度を取ってもよさそうなのに、その雰囲気が微塵もない。
作品名:殺意の真相 作家名:森本晃次