短編集105(過去作品)
美紀には田舎の光景しか今の記憶に残っていない。どんなに時間が経って、街が発展していっても、田舎の光景だけはそのまま残り続けるだろう。
蛍の集まる沢だってそうだ。美紀が暗い部屋で砂時計を見るたびに思い出す。それがグラニュー糖を落とす琥珀色のコーヒーにイメージが繋がってくるのだ。
スプーンでかき回している間に溶けてくるグラニュー糖、消えゆく蛍の明かりを見ているようで、自分の記憶が遡っているのか、現在に戻りつつあるのか分からないことがある。
――過去への記憶の扉――
それが琥珀色の渦に沈んでいくのだった。
自分の人生が本物かどうかを考えるのもそんな時だった。
地元の人間には暖かいが、よそ者には冷たい風潮。最初はよそ者でも暖かく迎えてくれているように思えて安心して心を開くと、とんでもないことになる。相手の懐に飛び込む寸前で、扉を閉められて、激突してしまう光景を思い浮かべる。
実に滑稽な動きである。パントマイムの劇でピエロが演じる道化のようだ。
――どうして私は祖母の田舎をイメージしてしまうのだろう――
それはきっと祖母の田舎を思い出すスポットを見つけてしまったためだ。それは自分が望んだことではなく、無意識だが必然の出来事であった。
――やはり自分の人生はウソではないんだ――
祖母の田舎を思い出している自分がいる以上、目の前でまわり続ける琥珀色の渦が消えない以上、美紀の人生は、意識しながらこれからも進んでいくことだろう……。
( 完 )
作品名:短編集105(過去作品) 作家名:森本晃次