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短編集105(過去作品)

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 と感じるが、女子高に通っていた美紀だったので、その頃クラスでの会話を思い出せば、今よりもかなり過激だったのではないか。当時はまだウブで何も知らなかっただけにあまりピンと来なかっただけではなかったか。
 美紀は今でもその会話の中に自分から入ることはできなかった。女性としてのプライドのようなものがあって、それが自分を許さないに違いない。
 この喫茶店に来れば田舎を思い出す。
 大通りは駅前に続いていて、駅前には高速バスのターミナルがある。そこから各地への高速バスが順次出ているが、学生の頃はよく利用したものだった。今でも高速バスを見ると、
――どこか遠くへ行きたいな――
 と、気がついたら目でバスの中の乗客を追っている。
――帰省する時は、起きていたのは最初だけだったな――
 バスの揺れに任せて眠ってしまうことが多かった。
 帰省するといっても、美紀は実家を飛び出していた。学生時代は仕方がないとしても、卒業してから親としては帰ってきてほしかったのだ。
 一人っ子の美紀は大切に育てられた。大学進学で都会に出ると言った時に反対があるのも覚悟の上だったが、何とか説得して都会に出てきた時は、不安と期待を半々に背負ってのことだった。
 だが、都会に出てくると、不安よりも期待の方が大きくなっていった。普通の箱入り娘であれば、そこまで期待が大きいということはないのだろうが、美紀は筋金入りの箱入り娘だった。
 田舎ではそこそこに土地もあり、何不自由なく暮らしていたので、感覚が麻痺しているのかも知れない。不安に思っていたことも都会の空気の大きさに呑まれてしまったのだろう。田舎での大らかな気持ちが都会でも人を疑わない気持ちに拍車を掛け、大学時代など他の人から見て、
「彼女には何か近づけない雰囲気を持っている」
 と言わしめたものだ。
 大学時代にできた友達は地方から出てきている人が多かった。下宿やアパート、中にはワンルームマンションに住んでいる人もいた。美紀はコーポのようなところに住んでいたが、自分が住んでいたところよりもかなり狭かったにも関わらず、都会という雰囲気の中で静かに暮らすには一番いいと感じていた。
 美紀は生まれた時から土地がある家だったわけではない。最初は今の実家とは違うところに住んでいた。田舎は田舎だったのだが、まだ少し都心に近かった。少し電車に乗れば都会に出ることができることもあって、小さい頃には、よく祖母に買い物に連れて行ってもらったものだ。
 その祖母が亡くなった時期に前後して、今の実家に引っ越した。母方の土地を相続したことのだ。時期的にはちょうどよかったのかも知れない。引越しもスムーズにでき、両親は満足していたようだ。
 美紀にはそれまで住み慣れた家を離れることに抵抗があった。しかも祖母の思い出の残る家から出て行くことになるのである。当時小学生だった美紀も友達と離れることへの抵抗もかなりあった。そのことがあって、せっかく移った土地で、なかなか美紀は友達を作ることができないでいたのだ。
 寄ってくる人は結構いた。悪く言えば田舎臭く、よく言えば人懐っこい田舎の人たち、
 最初悪い気はしていなかったが、次第にどこか閉鎖的なところが見え隠れしていることがハッキリと見えてくるようになると、友達を作るのが億劫になってくる。
 友達を選ぶということは苦手だった。
――人を選ぶ――
 ということができるほど自分は人間ができていないと思っていた。それは謙遜というよりも、自分を蔑む気持ちが強かったのかも知れない。
 しかし、自分ひとりで生活などできるはずもなく、仕方なく引っ越していく。引っ越して行った先ではやはり友達ができなかった。
 結局、学校が終われば一人で帰ってくることになる。田舎が嫌いというわけではない。祖母と住んでいたところもそれなりに田舎だった。しかし、田舎者が住んでいるわけではない。世間知らずの田舎者という意味ではなく、自分たちの世界を形成して、まわりを寄せ付けない、いわゆる島国根性のようなものである。
 祖母と住んでいた街は、今では思い出としてしか残っていない。
――もう一度、行ってみたいな――
 と思うことは何度でもあり、さらに夢に出てくることもあった。
 だが、どうしても足を踏み入れることはできないでいた。自分の中の信念のようなものだと言ってもいい。
――足を踏み入れてしまうと、今までの自分が頑張ってきたことを否定してしまいそうになる――
 という考えで、
――故郷というものは、遠くにありて思うもの――
 という言葉が頭の中で反芻していた。
 思い出す記憶の中で一番大きなものは、夏になれば虫の声が響いているということだった。セミの声などは特にひどく、学校までの通学路には森の中にできた道を通らなければならないこともあってセミの声は避けて通れなかった。
 学校までの道のりは結構遠かったかも知れない。学校は郊外にあり、学校が近づくにつれて、次第に田舎の風景を醸し出していた。
 夏ともなれば、田園風景を両側に見ながら、風のない一直線の道をひたすら歩く。途中にある森を抜けると学校につけるのだが、そこまでの道のりを最初は、
――何と長い道なんだろう――
 と感じたものだ。
 しかし、それも最初だけで慣れてくると、却って距離を感じなくなる。感じる距離は、季節によっても違い、冬などは、結構近くに感じられたりするものだった。
 冬には冬で風がきつく、歩いていると飛ばされそうな錯覚に陥るが、夏の暑さの中を歩くよりはまだましだった。
 学校への道の途中にある森には分岐の道があって、普段は横道に逸れることはないのだが、夏の時期、蛍が出ることで有名な池がその奥にはあった。そこは以前から天女が出るという噂のあるところで、どこからそんな噂が出たのかと思うほど、あまり綺麗なところではない。
 蛍が出る時期だけに人がやってきて、好き勝手にゴミを捨てていき、蛍の時期が終われば、誰も寄り付かなくなる。これでは綺麗なところであり続けるわけはない。
 一応、街の行政機関が掃除をするようになっていたようだが、あまり人が行かないところにまで時間を費やすことはなかったようだ。草は伸び放題、却って蛍の時期は幻想的なのかも知れない。
 この街も、よそ者には冷たい街だった。だが、なぜか美紀には居心地がよかった。
――どうしてなんだろう――
 祖母の面影があるから? いや、祖母のことを意識し始めたのは、この街を離れてからだった。いる時に居心地がいいと思ったのだから、祖母が関係しているとは思えない。
――ずっとこの街に住んでいたように思える――
 考えてみれば、それほど長くいたわけではない。五年も住んでいなかった。だが、小学生の頃の一年は今感じている一年よりも何倍も長く感じたに違いない。
 時間の長さは、年月が経つとともに、短く感じられるわけではない。確かに記憶から次第に消されていくので、時間の感覚が麻痺して、すべてが縮小される気分になってしまう。遠くを見ていて、少々離れていると思っているところでも短く感じる錯覚のようなものと似ている。
作品名:短編集105(過去作品) 作家名:森本晃次