小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集105(過去作品)

INDEX|19ページ/21ページ|

次のページ前のページ
 

 一年前に知り合った頃の新鮮さが忘れられなかった。学生時代に男性と付き合った頃には考えられないことだった。学生時代に男性と付き合った時に感じていたことは、
――もっといい出会いがあるんじゃないだろうか――
 という思いが強かった。絶えず誰かと付き合っていたことを思えば、別れが来ても、
――次がある――
 というドライな考えが強かったことを示している。
 それだけ学生時代が貪欲だったとも言える。その貪欲さは時間に対してのものであり、限られた学生時代を、いかに楽しく生きるかということに一生懸命になっていた。それが潔い性格でもあったように感じているが、違うだろうか。
 結婚を控えた真希に不安がなかったわけではない。
――潔さが自分の信条だ――
 という思いから、結婚に対して抵抗感がないつもりでいたが、学生時代、自分なりに有意義に過ごせたという思いが、結婚への抵抗感をなくしているのかも知れない。
「結構、学生時代に遊んでいる人が、卒業したら、あっという間にお嫁さんなんていうのもよく聞くわね」
 親友との会話を、今さらながらに思い出していた。
――私にとっての結婚は、まわりを固めた型どおりのパズルシートのその後に、最初のシートを積み重ねていくようなものだわ――
 達男のパズルの話を思い出しては、そう思っていた。
 そこから先は型どおりではない。いろいろな組み合わせで楽しめる。ただし、相手があることなので、勝手なことはできない。だが、それも重々承知していることなので、真希にとってそう難しいことではない。
――最後の詰めって、一体どんなものなのかしらね――
 得たいの知れないものを感じた。結婚生活の最後の詰めがどの瞬間に当たるのか、そればかりを気にして生活をしていくのではないかと思えたのだ。
 結婚してから真希は、会社を辞めた。それは最初から考えていたことで、社内恋愛だったからというわけではない。
「結婚したら、家庭に入る方があなたには似合っているわ」
 友達から言われたこのセリフ、皮肉にも聞こえるが、真希にとっては皮肉ではない。それが真希の性格の一端を表わしているのだ。
 真希の性格は、一言で言って不器用である。一つのことに集中すると、まわりのことが見えなくなる方で、就職した時、一番気になった性格が、視野が狭くなってしまうことだった。
「君は融通が利かないところが一番の欠点だね」
 と、達男に言われたことがある。
 達男は決して融通の利く性格には見えないのに、そんな彼から言われるのは心外だと思いながらも、
「そうね、もっと周りを見なきゃね」
 と、神妙に答えていた。本心からに違いないが、彼に対して、
――何よ、自分のことは棚に上げて――
 と思わないでもなかった。
 新婚の頃は、その程度で済んでいたのだが、三年もしてくると、新婚気分はどこへやら、
相手の悪いところばかりが見えてくる。
 しかし、それでも自分の悪いところも見えているので、無下に相手ばかりを責められない。それなのに、真希が黙っていると、彼の方から文句を言ってくるようになる。
「いつも言っているじゃないか」
 これが彼の口癖だった。
 確かに彼のいうことには信憑性はある。正当性もある。しかし、自分のことを棚に上げていると思っている間は、説得力を感じないのだ。
 そのうちに鼻に突いてくる。一箇所が気になってくると、すべての箇所に疑問を感じるようになる。言葉の一言一言が引っかかってくる。黙って聞いていると、
「ちゃんと聞いているのか?」
 と説教じみた口調になるのが嫌だった。
 結婚当初は、お互いを尊重しあっていた。
――自分にないいいものを彼が持っていて、彼にないものを私が持っているんだ――
 とばかりに、お互いの足りない部分を補って共に成長していくのが夫婦だという信念をまさに感じていた真希だっただけに、今度はお互いのアラを探し始めると、簡単に見つかるところがこれまた辛い。
 夫婦喧嘩もしている間はまだよかったが、会話がなくなると、自分のいる場所がなくなってくるような気がしていた。
 あまり人に気を遣うことのなかった真希だったが、気を遣わなくとも、自然と気持ちが表に表れているので、気心が知れた人であれば、会話がなくとも問題なかった。
 元々夫の達男ともそういう仲だったはずである。
「ツーカーの仲というのは、俺たちのことなんだろうね」
 と話していた頃が懐かしい。
「そうね」
 と短い答えだったが、短いだけに説得力があったに違いない。あまりお互い余計なことを言わないのが夫婦だと、暗黙の了解があったのだ。
 しかし、会話がなくなったというのは、暗黙の了解とは明らかに違う。気を遣うことがなかったことで、自分の居場所がしっかりと分かっていたのに、気を遣わないまでも、存在を意識し始めると鬱陶しさだけに自分のまわりの空気の重たさに押しつぶされそうな気持ちになってしまう。
――それが息苦しさになるのだわ――
 それをどうすれば解決できるか考えていたが、結局働きに出ることが一番だと思った。しかし、今の達男に、
「私、また働きに出たいの」
 などと言っても、聞いてくれるわけはなかった。
 しかし、以前達男の弟にあたる俊夫が、小さな会社を興していたのは聞いていたのだが、ちょうど事務員に欠員があったらしく、事務員を探していた。事務所自体、数名の小さなところなので、却って一人でいろいろとこなさなければならない。
 達男とまだ仲のよかった頃、
「彼女とは社内恋愛だったんだが、結構事務所を切り盛りするのがうまかったよ」
 とのろけに近いことを話していたのが、俊夫の頭の中にあったのだろう。
「義姉さんだと、ありがたいんだけどね」
 久しぶりに自分の中にあった自信を取り戻せるような気がしてきた。それまでは、
――このままの気持ちだと、落ちるところまで落ちてしまいそうな気がするわ――
 と思っていたからだ。
 俊夫の会社に勤めるようになって、一人の男性と知り合った。名前を卓という。
 彼は今まで真希が知り合った男性とは違っていた。積極性が彼にはあったのだ。だが、真希にはどこか真剣になれないところがあり、知り合って二年間は、ただの友達関係だった。
 真剣になれない理由、それは彼との関係が不倫であるということで、学生時代から遊んでいた真希だったが、倫理的なことには固いところがあったのだ。
 いくら真希にとって理想の相手であって、どんなに付き合いたいと考えても、相手に彼女がいればその気持ちは内に篭めるしかなかった。相手が真剣になってくれるはずなどないという考えが強かったからである。
 しかし、時々思い出すのが、達男と結婚する気になった時に聞いたパズルピースの話である。まわりとの関係が最後には大きな影響をもたらすということが分かっているからこそ、なかなか最後の一歩が踏み出せないでいた。
 それでも卓は積極的だった。
 二人だけで遊びに行くことはそれまでに何度もあり、唇を重ねるくらいはそれほど気になるものではなかった。
――どこからが不倫というのかしら――
作品名:短編集105(過去作品) 作家名:森本晃次