短編集105(過去作品)
同情されることは学生時代までなら嫌だった。自分の性格を把握していて、それに伴って行動していたからだ。しかし、社会人一年目は不安感もあるからか、同情を受けることに何ら抵抗は感じない。それだけ内に篭っていた証拠である。
そんな時である。倉庫の男性の一人と真希は仲良くなった。
決して目立つことのない男性、名前は達男というが、彼は真希よりも二つ年上で、彼も同じように今年大学を卒業してから、この支店に配属になったのだ。
真希は家から通えるところだったが、彼は会社が探してくれたコーポに住んでいる。半年間は、半分会社が家賃を払ってくれることになっているらしい。
彼が話しかけてくるまで、正直存在自体意識すらしていなかった。意識があったとすれば、
――何となく暗い人だな――
という思いだけだった。お世辞にも明るいとは思えなかったが、後で聞いてみれば、五月病に掛かっていたように思える。
「何をしていても欝状態だったんだ」
確かに五月病というのは、分かる気がする。真希は意識することもなく過ごしていたが、それでも学生時代を思い出すことがあったからだ。
――学生時代のことはすっかり忘れてしまっていたはずなのに――
社会に出てからの不安が大きかった割には、実際になってみると、それほどでもない。きっと学生時代とのけじめをキチッとつけているからに違いないと思っていたからだ。それでも学生時代と新入社員である自分とを比較してみたくなることがどうしてもあった。意識しないようにしようと思えば思うほど、意識が生まれるのであった。
――内に篭っているんだわ――
まわりから内に篭って見られているなどまったく意識していなかったのに、急にそう感じるようになったのは、男性が真希に対する態度を見たからだ。
学生時代の真希に対して男性は決して遠慮した目で見ていたことはなかった。敬意を表してくれることはあったが、真希に対してよそよそしい態度を取ったり、遠慮がちになってしまうことなど皆無だった。
――変な気を遣われている――
と感じるようになって、自分が内に篭っていることを思い知らされたように思えて仕方がない。
そんな中で達男だけは違っていた。同じように社会人一年目として不安と期待を抱いて飛び込んだ世界、その中で立場は同じだった。男性と女性の違いはあるかも知れないが、お互いに意識していることは同じであろう。
まわりの目も気にしなければいけない。そして、自分も覚えることがいっぱいだ。その中で自分の立場を築いていかなければならない。真希は焦ることはないと思っていた。逆にゆっくりでないと、まわりに与えるインパクトが薄くなってしまうことを分かっていたからだ。
短大に入学した時がそうだった。あまりにも性急に自分を変えようとして、まわりに対するイメージが軽く見られるという欠点を晒してしまった。短大時代だからよかったが、社会に出てからそれが通用するとは到底思えない。
達男も同じで、明るい性格なのか、暗いのか、最初は分からなかった。元来明るい面を持っていて、その中に素朴さを感じるところが彼の一番の特徴だった。真希が彼を意識するようになったのは、それが原因だったのだ。
あまり素朴な男性は、短大時代には相手にしたことがない。自分が軽めの女性を演じていることが分かっていたので、素朴な男性相手では、自分の本性があらわになってしまうと思ったからだ。
短大時代の真希が自分を飾っていたと感じたのは卒業してからだ。
――どっちが本当の私なんだろう――
五月病には掛からなかったが、自分を見つめなおして内に篭ってしまったような時期はあった。
「それが五月病って言うんだよ」
仲良くなってから達男に自分の気持ちを話したことがあったが、彼は軽い笑顔を見せ、そう言った。何となく暖かさを感じ、救われた気分に浸っていた。
「そういう達男さんだって、五月病はすごかったみたいよ」
少し大げさに言ったが、
「そうかな? 意外と本人はそれほどの意識はなかったんだけどね」
と、あっけらかんとして話していた。
達男にとって真希が、真希にとって達男が一番近づいた時期だったのかも知れない。
二人はそれぞれが平行線だと思っていたようだ。交わることはないが、限りなく近い距離にいる。それを感じていた。
「夫婦だってそんなものかも知れないよ」
結婚したこともないくせに、よくそんなことが言えると思っていたが、真希も自分の両親を思い起こすと、黙って頷きたくなる意見であった。
達男と仲良くなり、結婚するまでにそれほどの時間は掛からなかった。
「あんたは、ずっと独身を謳歌するタイプか、それともアッサリ結婚してしまうタイプか、極端なタイプかも知れないわね」
「どうかしら? でも極端な方が私らしいかも知れないわね」
短大時代の親友から皮肉を言われたことがあったが、その時は、それほど深く考えてはいなかったが、実際に結婚するとなると、そのことを思い出していた。
――本当、私って極端な性格なのね――
まんざら、極端な性格と言われることが嫌いなわけではない。むしろ潔い性格ではないかと思えるくらいだ。もし、ずっと結婚しないとしても、潔い性格だと思ったに違いない。そこに何の根拠が存在しているか分からないが、真希にとって自分を見つめなおす上で、障害になるものではない。
結婚を決まるに当たって、決め手となった彼の一言があった。
「結婚って、パズルのピースのようなものかも知れないな」
「どうして?」
「最初は角を固めていくという型どおりのやり方から、最後になればなるほど難しくなる。組み合わせを一つでも間違えれば、どこかまで戻らなければいけないけれど、どこまで戻っていいのか難しい。でも、それがパズルの醍醐味だと思うんだ」
言われてみればその通りかも知れない。実際に結婚したことのない人間が考えるのだから、信憑性はないが、説得力としては十分だった。
「達男さんはパズルが好きなの?」
「いや、あまりやらないから分からないけど、パズルを形成しているピースは好きなんだ。それがすべて、君であったらと、最近ずっと思っているんだ」
これが、達男のプロポーズだった。
真希もそれまで結婚を意識しないと言えばウソになるが、まさかプロポーズされるとは思っていなかった。
年齢的には結婚適齢期である。交際を始めて一年が経っていた頃で、プロポーズも自然だった。
短大時代から比べても、一人の男性と一年近く付き合うなど、考えられなかった。ほとんどが数ヶ月続いて別れてきたが、その内容は濃いものだったと思っている。
就職してからの数ヶ月は、長いようで短かった。仕事をしている時の一日は毎日が同じことの繰り返しだったこともあり、あっという間に過ぎていた。だが、それが一ヶ月単位になると、結構長く感じたりしたものだ。
トータルで考えると長いのだが、その時々は短かった。短大時代は逆に、その時々が長く、トータルでは短かった。
達男と知り合ってからの真希は、まるで学生時代の頃を思い出させた。一年間付き合っているにも関わらず、一年前がついこの間のことのように思えてならない。
作品名:短編集105(過去作品) 作家名:森本晃次