短編集105(過去作品)
皮肉たっぷりに親友の女友達から聞かれたことがあった。もしそれが他の人から聞かれたことだったら、虫唾が走るほど悔しい思いがして、意地でも何も答えないのだろうが、相手が親友なので、悪気のないことは分かっていた。
「ええ、そうね。でもいつの間にかそばにいて違和感がない人が彼氏になっているというだけなのよ。別れてもすぐに別の男性がそばにいるの。私が真剣に望んでいるわけではないのにね」
本心であって、本心ではないかも知れない。いくら親友とはいえ、少し飾って話をしている。いや、むしろ真希自身にもハッキリとした状況が把握できていないのかも知れない。
「羨ましいわね。私なんて、そんな男性の存在を感じたことなんかないわ」
「あなたにだっていると思うわ。それを感じるか感じないかの違いよ」
と、気持ちの上では、
――他人事のように答えてしまったけど、他に答えようがないわ――
彼女が最初に聞いてきた皮肉も、言葉の額面どおりではないことは分かっている。ただ、聞いている人にとっては、それ以上でも、それ以下でもないことはそれぞれ感じる人によって違うというものである。
真希にとって、彼氏がいるいないは、短大に入る頃にはどうでもいい気持ちになっていた。ただ、そばに誰かの存在を感じていないと、この上もなく寂しい思いになるだろうということは自覚していた。
短大を卒業するまでに、
「真希は結構遊んでいたんだ」
とそれまでに付き合った男性たちからは思われていたようだ。本人もそのことは自覚していて、
――化粧が濃くなったわね――
と、化粧室で鏡を見るたびに感じていた。
「これが本当の私なのかしら?」
と鏡に向って問いかけるが、そこには、
「そうよ、これが本当の私……」
という声が聞こえてきそうで仕方がなかった。
遊びすぎたのは、最初に付き合った男性のイメージが大きすぎたからかも知れない。それはいいイメージではなく、情けないイメージであった。
――初恋の相手があれでは――
と、自分で自分が情けなくなるほどだったからだ。
遊んでいる頃に付き合った男性は、皆軽い人ばかりだった。そこに愛情は存在せず、ただ遊んでいるというだけだったのだ。
――こんな私でもそのうちに落ち着くのかしら――
と考えていたほどで、自暴自棄になりかかっていたことも否定できない。
中には身体目的で近づいてくるのが露骨に分かる男もいた。そんな連中を毛嫌いしているはずなのに、気がつけば受け入れてしまっている自分がいることに真希は、
――やっぱり自暴自棄になっているんだわ――
と思わずにはいられない。
そんな真希だったが、短大を卒業する頃には落ち着いていた。元々、高校を卒業すれば就職するつもりだったが、自暴自棄の自分が社会に出るまでには少し時間がかかると考え、短大に進んだ。
元々勉強が嫌いではなかったので、短大に進学することに障害はなかった。むしろ高校の先生は、
「もっとレベルの高いところを狙っても、君なら大丈夫だ」
と言ってくれていたくらいだ。
「いえ、あの短大には習いたい教授がいるので」
と適当に教授の名を挙げて、理由をしっかりと述べた。真希は言い訳するにもしっかりとした言い訳でないと気が済まない性格だったのだ。
高校の先生はおろか、よほど親しい友達でもない限り、真希が男関係にルーズであることは知らなかった。絶えず自分を目立たないところに置いておくことを心がけていたので、誰も真希のもうひとつの性格を知る由もなかった。
――私って二重人格なんだわ――
今さらながらに考えたものだが、二重人格が悪いことだという意識はなかった。誰にだって裏表はあるものだ。それこそ二重人格というものではないだろうか。
短大に入ると、それまでの性格は一変した。
高校の頃のような地味で絶えず自分をその他大勢の中に置いておく必要はなく、次第に目立つことへと心がけるようになっていた。
いや、心がけたわけではない。それが真希の本当の性格なのだ。
真希は短大に入って目立つように心がけていたが、決してまわりの雰囲気を悪くするようなヘマなことはしなかった。自分をわきまえていて、人を立てる時には立てていた。それでいて、おいしいところはしっかり自分でさらっていくところが冷静にまわりを見ることができているので、人から反感を買うこともない。短大に入ると性格も明るくなり、
――これが本当の私の性格なんだわ――
と思うようになった。
付き合った男性に最初に必ず聞くことがあった。
「私ってどんな性格だと思う?」
どんなに明るくて、冷静にまわりが見れると思っていても、それが本当の自分なのか分からない。自分が見えてくると思えば思うほど心配になるのは、考えすぎる性格を持ち合わせているからかも知れない。
石橋を叩いて渡る性格ではないと思っているだけに不安だったに違いない。
男たちの答えは決まっていた。
「そうだね。一口で言うと、品行方正な性格かな」
それぞれ相手によって微妙に表現が違っても、品行方正という言葉に対しては当たらずとも遠からじである。
付き合った男性もさまざまだった。軽い人を選んでいたというのは本当だが、その理由としては、本当に好きになる人が現れないことを願っていたからだ。学生時代に知り合っても、就職すれば自然消滅してしまうことは想像できるだけに、最初から別れが来るつもりで付き合っている方が気が楽だったからだ。
付き合っていた人たちも同じことを考えていたのかも知れない。
「就職したら、結局離れ離れさ」
と半ば捨て鉢に見えるような表現をする人もいたが、それを聞いて、改めて、
――確かにそうなんだわ――
と思い知らされる。最初からそのつもりでいれば、実際に別れが来た時、傷つかずに済むからだ。
「恋愛で、駆け引きを考えたら、その瞬間から恋愛ではなくなるのよ」
と女友達は話していたが、最初から恋愛をするつもりがないのだから、そんな話は真希には関係ない。
短大を卒業して、就職するとそれまでの性格がまったく変わってしまった。
厳密に言うと、短大を卒業してから変わったのではなく、就職活動をしている時から変わってしまった。
――世の中って、そんなに甘くないわ――
と考えていたからである。就職してから社会人にふさわしい性格になろうとしても、まず就職活動の時に面接官に見破られるであろうことを察知していた。
相手は百戦錬磨の面接官、たかが学生がいくら自分を飾ったところで太刀打ちできるはずはない。そのあたりの先を読む力は、真希は持っていた。
恰好よく言えばそのとおりなのだが、真希は性格上、自分よりも目上の人間に対してコンプレックスを持っていた。
自分は人に染まらない性格だと思っていた反面、自分よりも年齢の高い人への尊敬の念は人一倍持っていた。それは今に始まったことではなく、物心ついた頃からだと言ってもいい。きっと母親の影響があったからに違いない。
真希の母親は大人しい性格の人だった。そんな母親を見て育っているので、高校まで大人しい性格だったのも頷ける。だが、高校を卒業すると、急に自分が大人びて見えてくる。
身体の成長が一番大きかった。
作品名:短編集105(過去作品) 作家名:森本晃次