小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集105(過去作品)

INDEX|13ページ/21ページ|

次のページ前のページ
 

――あれ? 以前にもどこかで見たことがあったと感じたように思えるが――
 と感じると、次の瞬間に、思い出したということを忘れてしまう。何か共通のイメージがあって、思い出したに違いないのだが、それが本当に自分の中で意識してのものではないだけに、心に残ってしまう。
 意識がイメージに変わる時、時間が短く感じるのかも知れないと考えたこともあった。
 あれは旅行に出かけた時のことだったように思う。確か妻が、
「温泉にでも連れて行ってくれればいいのに」
 と呟いたのを今でも覚えているが、どうやら近所の奥さんから、
「私は、よく旦那から温泉に連れて行ってもらっているの。奥さんは子供さんがいないから、さぞや旅行などよく行かれるんでしょうね」
 と聞かされたらしいが、いかにも耳に付く言葉である。
 完全に皮肉交じりで、どこまでが本心なのか疑いたくなるが、聡にとって痛烈であったことは間違いない。
 それよりもその場で聞かされた妻の気持ちである。子供ができないことを気にしていないように見せているが、実際はかなり心の奥で燻っているものがあるはずだ。夫婦の間で隠し事をしようとすればするほどボロが出るもので、しかもそれが相手を思ってのことであればなおさらだ。
――気を遣っているつもりのことは、結構妻には分かっているんだろうな――
 と反面教師ではないが、感じたものだった。
 子供ができないことは、お互いにタブーにしてきた。触れえはいけない話題を、他人に言われるのだから、かなりショックだったに違いない。他人の家に土足で上がりこむような気持ちになったことだろう。
 夫婦間というものは、他人が考えているよりも小さなことでも大きく考えてしまったり、他人にとっては大きなことでも、案外自分たちにとっては小さなものだと思ったりするもののようだ。
「夫婦喧嘩は犬でも食わない」
 と言われるが、下手に仲裁に入りでもして、とばっちりを食らうのはたまらないという気持ちからである。精神状態が不安定になっていれば特にひどいもので、相手をしないに限るというものだ。
「でも、意外と、喧嘩している時の方が冷静だったりすることもあるのよ」
 笑いながら妻が話していたが、それは聡も感じたことがあった。
――自分だけだろうから、こんなことを口にするわけにはいかないな――
 と思っていただけに、
「お前もか? 実は私もなんだよ」
 お互いに目を見合わせて大笑いしたことがあったが、考えてみれば、それ以降夫婦喧嘩をしていないように思える。
「理解しあうことが大切なんだろうけど、それが難しい時は、理解しあったような気持ちになることで、冷静になれる秘訣なのかも知れないな」
 自己暗示の類であるが、歩み寄るにはお互いに自己暗示をかけるのも手かも知れない。
 実際に歩み寄ると、そこからの時間は共有されたように思う。あくまで思い出としてしか浮かんでこない妻のイメージが、時間の経過とともに少しずつ薄れてくるのを感じながら、
――夢で時々でも会っている気がするな――
 と思えることで、イメージが保たれている。
 そういえば、姉のイメージも年を取るごとに深まってくる。見たこともない姉、しかも幼少の頃になくなっている姉は、聡の心の中で成長し続けている。
――決して交わることのない平行線――
 それが年齢である。それは相手が亡くなっても追い越すことができないものだと聡は考えていた。
――ずっと自分の前にいて、後姿しか見ることができないんだ――
 知らないだけにその思いは強い。妻に姉のイメージを見出したとしても、それは仕方がないだろう。
 後姿しか見えていないのは姉だけに限らない。特に最近は、妻の表情を忘れかけ、後姿ばかりおいかかえているように思える。
 聡の存在を意識していないのか、妻はただ歩き続けるが、決して追いつくことはできない。何とか追いつこうと走ってみても、まるで水中を歩いているようにいくら前に進もうとしても足が空回りしてしまっているように思えるだけだ。
 夢を見ている時は得てしてそんなことが多い。後姿で歩いている人に追いつこうと焦ってみても足がうまく進んでくれない。
――これは夢なんだ――
 とすぐに分かる。
 それでも何とか強引に追いついて相手の顔を確認しようとする。追いつける時の相手はいつも男だ。
 普段なら絶対にできないくせに、相手に何とか追いつけば逃げられたくない一心から男の左肩を思い切り掴んで、前を向かせる。
 相手が誰なのか、肩に手が掛かった瞬間に分かる。まるで掴みかかった右手から電流が身体を走り抜けるのを感じるのだ。
 しかし、最後相手の顔を確認することはできない。分かっていたことだが、目が覚めてしまうのだ。夢というのは最後の一瞬を見ることができないものだという意識があるからか、必ず見た記憶がないのだ。
 そう、見た記憶がない……。ひょっとして見ていたかも知れないのだが、記憶にないだけなのかも知れない。だから、
「見なかった」
 とハッキリ言えず、
「見た覚えがない」
 としか言えない。
 だが、おぼろげにそれが誰だったか分かっているのは、目が覚める以前に、確信したことが意識として残らなければならない。それが肩に手を掛けた瞬間で、イメージとしてはその時に確立されていたに違いない。
「あれは自分だったんだ」
 自分以外の誰でもないということは、夢を見ていると思った瞬間から分かっていたことなのかも知れない。しかも追いつくことができて相手の顔を確認することができるのは、相手が自分の時だけだということも分かっている。
――自分は限りなく自分であって、同じでなければならない。もし夢の中のように違う場所に存在するなど許されず、顔を確認できた瞬間に、その世界は崩壊するのではないだろうか――
 などと考えてしまう。
 追いかけている人が姉だったり妻だったりするのは、相手が自分よりも絶えず先に進んでいて、平行線を描いている。二人ともこの世の人間ではないのだから、平行線を描くのも当たり前というものである。
 夢の中で追いつこうとしても絶対に追いつけないのは、妻の場合には目の前に大きな川が流れているからで、姉の場合は、断崖絶壁を感じる。二人とも同じところで追いかけているはずなのに、気がつけばまったく違うところに出てしまっているのだ。
――一体、私はどちらに追いつこうとしているのだろう――
 聡は考えてしまう。どちらにも追いつきたいはずなのに、超えてはならないものがあると感じた瞬間に、川や断崖絶壁にぶち当たるのだ。
 聡の今回の旅は、この断崖絶壁を探してのものだった。記憶のどこかにあるようで、大体の場所も分かっているつもりである。
――悪い虫が表に出てこなければいいのだが――
 身体に巣食っている虫の存在を意識したことがあった。それは妻が死んだ時だった。放心状態に陥り、との中すべてが黄色掛かって見えていたことがあった。鬱状態に似ていたが、それだけではなかった。
作品名:短編集105(過去作品) 作家名:森本晃次