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音楽による連作試行

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 話しかけようと思いながらもなかなか話しかけることができず、悶々とした気持ちを抱いていると、まわりが敏感に察してくれてて、何かと声を掛けてくれる。
 本当は、退屈な毎日に刺激がほしいと思っているまわりは、ほとんど面白半分だったに違いないが、川島は、そのおせっかいが嬉しかった。口では、
「あんまり言わないでくださいよ」
 と言いながらも、顔はニタニタしていたに違いない。
 そんな川島を見ながら、まわりもさらに囃し立てる。お膳立ても用意してくれるほどの入れ込みようだ。
「温泉の招待券があるので、二人で行けばいい」
 と言って、彼女を誘うように促された。
 しかし心の中で、
――断られたらどうしよう――
 という思いがあったのも事実で、まわりの人はそこまで考えてはくれていないだろうと思いながらも、無責任だと言って責めるわけにはいかない。
 そうであれば、前に進むしかなく、誘うしかないではないか。もちろん、招待券をくれた人もそこまで計算しているとは思わないが、少なくとも背中を押してくれたことは確かだった。
「招待券もらったんだけど、よかったらご一緒に行きませんか?」
 と声を掛けると、彼女は、
「喜んで」
 というではないか。
 待っていてくれたとでもいうのだろうか。
「案ずるより産むがやすし」
 という言葉はまさしくこういう時に使うのだろう。
 まわりがお膳立てをしてくれた方がうまく行くというのはこういうことだろう。
 だが、川島はその裏でもっと怖いことを考えていた。
――もし、うまく行かなければ、まわりには全員に知られていることとなり、失恋のショックを引きづりながら、まわりが二人のことを知っているという意識を持たないわけにはいかない――
 と感じた。
 つまりは、二人だけの問題ではないということだ。
 自分の仕事上での立場や、男としての自分の本性を見られるということだ。そんな時、自分がどうなってしまうのか想像ができなかっただけに、恐ろしさもあったというのが本音であろう。
 いよいよデートの日は近づいてくる。一週間の間があったが、その日が来る迄は本当に、指折り数えて待っていたという言葉そのものであったが、実際にその日が来て、彼女を誘ったあの日を思い起こすと、まるで昨日のことのように思えてくるから不思議だった。
 温泉というもの自体も、あまり経験がなかった。郊外の山の中腹くらいのところにある場所に、温泉施設として、露天風呂に家族風呂、そして、休憩用に個室が使えるということだったので、何となくであるがイメージはついた。
「あそこは食事がおいしいから、じっくり味わってくればいい」
 と、招待券をくれた人が教えてくれた。
 温泉というと子供の頃に親と行った記憶はあるが、あまり楽しかったという感じはなかた。何も娯楽はないし、ただ部屋が用意されているだけで、表に出ても散策するところもない。日本庭園などが広がっているだけで、大人が楽しみのにはいいが、子供には楽しくもなんともなかった。
 その記憶があるからか、最初温泉の招待券を貰った時も、一瞬顔がクモったのではないかと思ったくらいだ。
「温泉というところは、親くらいの年齢の人にはいいかも知れないが、それ以外は別に楽しくもなんともない」
 と子供の頃に感じていたので、今も変わっていないと思っていたからだ。
 だが、実際に来てみると、結構落ち着けるのでビックリした。
――なるほど、温泉というのも悪くないな――
 と感じたが、
――でも、それだけ自分があの時の親に近い気持ちになっているということか?
 という一抹の不安もあった。
 部屋に入って落ち着くと、そのままゆっくりする時間がもっとあればいいとさえ思った。子供の頃は、一時もじっとしていられなかった気持ちがウソのようである。しかもその日はせっかくデートにということで招待券までもらって一日を一緒に過ごす初めての機会をもらったではないか、何か少しでも進展させなければまずいではないか。
 招待券をくれた人に対してもそうだし、時間を割いて自分に付き合ってくれた彼女に対してもそうだ。いや、彼女が付き合ってくれたのが、自分を意識しているからだとすれば、余計に進展させなければ、男としてのプライドと、彼女の立場がなくなるのではないだろうか。そう思うと、緊張感もないでもなかったが、ここが温泉であるということも考慮しても、落ち着いてばかりはいられないのではないだろうか。
 部屋に入ってから、十分ちょっと、会話がない。何を話していいのか分からない。彼女もこちらからの言葉を待っているのか、何も言わない。こういう時というのは、最初にすぐ会話に入ってしまわないと、何を話していいのか分からずに、何を言おうかと改まって考えると、堂々巡りに入ってしまうのだろう。結局、言葉が何も出てこなくなるようだ。
――せっかくのデートなのに――
 学生時代にも、デートをする機会がなかったわけではないが、あの時も会話にならずに、すぐに相手から、別れを告げられた感があった。初めてのデートなので、別れる別れない以前の問題だったのだが、とにかく会話にならないことが一番の問題だったのだ。
 そのことを分かっていたはずなのに、学生という立場ではなくなると、そのことをすっかり忘れてしまったということだろうか。
 いや、会話をしなければいけないという意識はあったはずだ。意識はあったのだが、行き当たりばったりで、何も考えていなかった。彼女が自分から会話を進んでし始める女性ではないということも分かっていた。そもそも、会話に長けているような女性であれば、自分が好きになるようなことはないと思っていた。
 自分が会話が苦手なくせに、相手に苦手な会話であっても、主導権を握られるというのは嫌だという意識があった。
 わがままなのも分かっている。だが、自分たちのようなカップルを他人事のような目で見ればどう思うだろうか、そう思うと、自分が彼女を気に入った理由も分からなくもなかった。
「微笑ましいと思うに違いない」
 と感じているのだ。
 お互いに、会話もなく初々しい姿は、まるでお見合いの席のようではないか。まだ若かった頃なので、お見合いというのを意識したことはなかった。よくテレビドラマなので、お見合い写真を持ってくるおせっかいなおばさんに対して、何とか遠ざけようとする人をよく見ることがある。
 学生時代などは、
――やっぱり、人に決められるのではなく、自分で決めた相手と結婚するのが最高だよな――
 と思っていたが、次第にその感覚が変わってきた。
――お見合いだって、出会いを演出してもらっているだけで、好きになってしまえば、そこからは同じではないか――
 と思うようになってきた。
 見合いを経験したことはないが、自分がその立場になって、相手がよほど気に入らない相手に見えなければ、
「会ってみたい」
 という思いくらいにはなるだろう。
作品名:音楽による連作試行 作家名:森本晃次